晴れ渡った空。
いつも通りの町並み。
澄み渡った空気。
階下から漂う朝食の匂い。
日差しを和らげるように広がる木々の葉。
様々な希望を持って去った生徒。
様々な希望を持って入ってくる生徒。
そして、それを見送った学校。
そして、それを迎える学校。
今日から私が星奏学院で過ごす最後の1年が始まる――――。
「おはよう、香穂!」
「菜美、おはよう。今日から最終学年だねー」
「だねー。いつも思うけど、絶対3年間って短いよね。中学校の3年間も思ったけど」
「それはある。・・・・特に、去年からの1年間は短かった・・・・・」
「そうだねえ」
去年は本当に早かった。
ようやく2年生と言う学年に落ち着いたと思ったらコンクールが開催。
関係ないと思いきや、いきなりの出場。
そして。
ヴァイオリンに出逢った。
今ではヴァイオリンと離れると言う生活は考えられない。そこまでのめり込むほどになってしまっている。
弾いていなかったころの自分が信じられないくらいに。
そして、ヴァイオリンとの出逢いは、新たな人たちとの出逢いもくれた。
今、私が必死に追いかける、留学してしまったヴァイオリニスト、月森蓮くん。
私をいつも助けてくれたピアニスト、土浦梁太郎くん。
私の音をいつも聞き続けてくれたチェリスト、志水桂一くん。
突き抜けるような明るさで励ましてくれたトランペッティスト、火原和樹先輩。
いつも馬鹿にしてくるくせに、必ず優しさを見せてくるフルーティスト、柚木梓馬先輩。
私の音を追いかけて転校までしたと言うヴィオリスト、加地葵くん。
先輩の音好きですよと、笑顔で褒めてくれたクラリネッティスト、冬海笙子ちゃん。
いつも穏やかな笑みで支え続けてくれたヴァイオリニスト、王崎信武先輩。
何だかんだと文句を言いながら、私を案じてくれていた教師兼テノーリスト、金澤紘人先生。
困るときもあるけど、気の置けない親友になった、天羽菜美。
他にも、私の音をただただ聴いて、隣に居てくれた先輩、長柄芹一先輩。
何かと気にかけて、冗談めかして声をかけてくれた、青山人志先輩。
今考えると、一昨年の記憶がほとんどない。
それなりに楽しいこともあったはずだし、行事もあった。
それでも、記憶が鮮明なのは、やっぱりヴァイオリンを始めたあの日からの記憶だった。何もかもが分からないこと。初めて触れるクラシックと言うジャンル。
譜読みこそある程度出来たとはいえ(初めて小学校での音楽の授業に感謝した)、どこをどうしたら音が出るのかすら分からなかった。
そして、出逢いがそれを乗り越えさせてくれた。
誰一人として私の一年間に欠けてはならない人たちばかりだ。
辛くなかったと言えば嘘になる。
それでも、支えてくれた人たちに感謝してる。
これからの1年がどうなるかなんて分からない。
それでも、去年のコンクール、コンサートは私の最大で最高の思い出だと断言できるものだと思う。
「ここでお別れだね」
クラスの前まで来ると、菜美がそう言った。
今年も、同じクラスにはなれなかったのだ。三年間、普通科は毎年クラス替えがあったが、さすがに3年生は文系と理系に別れた。
一応、私は文系に組み込まれはしたけど、先生たちも私が大学部の音楽科を志望していることは知っている。
この春休みは、休む暇もなく音楽科の先生を渡り歩いた。
私は知らなかったけど、受験には視唱なんてものがあると言われ、金澤先生に聞きにいくはめにもなった。
さすがに音痴とは言われなかったけど、難しい顔をされたのは今でも記憶に残ってる。最後に教え甲斐がありそうだがな、と言われた時は泣きたくなった。
「菜美はそっちなんだよねー・・・。分かってたけど、やっぱり寂しい・・・」
「なーに言ってんの?そっちは土浦くんと加地君が同じ文系クラスでしょ?クラス違ってても、同じ授業を取ったり出来るんだからそれで我慢しなよ」
「分かってるけどー」
加地君は言うに及ばず、土浦くんも文系クラスに振り分けられた。ついでに、二人は同じクラスになったらしい。
私と同じく大学からは音楽科を志望していることもあったし、今年は理系志望が多くて、どっちでもいい生徒(就職を希望する生徒など)は文系に振り分けられた。
「じゃあね」
「うん、放課後は部活で会えないから、また明日ね」
「分かった。じゃあ、また明日」
今年の担任教師の話を聞き流していると、ようやくHRが終わる。
じゃあ、このあとどうしよう?
このまままっすぐ帰ってしまおう。
練習室空いてるかな?
森の広場で少し練習していこう。
人の多い正門前で練習してみようか。
図書室で本でも借りていこう。
音楽準備室寄ってみよう。
エントランス行ってみようかな。