うーん、特に寄るところもないし、帰っちゃおうかな。
ヴァイオリンは、家で練習しよう。
まだ12時前だし、午後から公園で弾くこともできるよね。
クラスメイトに別れを告げて、早々に帰宅。
お母さんは・・・・あれ、どこか行ったのかな。お昼の用意だけはしっかりしてくれたらしい。
まだ微かに温かい。
そんな昼食をさあ食べようと椅子に腰掛け、テレビに目を向ける。
すると、ソファにいくつかの手紙が来ているのが見えた。
私宛は・・・・・・・え?
1通だけ、明らかに日本語じゃない。
ドイツ語だと分かる小さな小包が混じっていた。
そう思った瞬間、椅子を鳴らして立ち上がるなんていう、何をそんなに慌ててとお母さんには嫌な顔されそうなことをしてしまった。
ドイツ語の宛名を確かめる。
確かに私宛。差出人は―――月森蓮。月森くんだった。
私に音楽を続けて欲しいと。
私が音楽を続けていれば、いつか海外を望むから。
そうしたら、俺たちの道は必ずまた音楽によって繋がるから。
そう言って、世界へ飛び立ったその人からだった。
小包よりも、連絡があったことの方がずっと嬉しかった。
月森くんは音楽のためにウィーンへの留学を決めた。なら、私が連絡することで邪魔になってしまうような気がしていたから。
音楽に全てを捧げる覚悟がある月森くんを邪魔しちゃいけない。
その一心で、会いたいなんてもちろん思わず、声だけでも、文字だけでもいい。そんな思いさえ抑えていた。
それなのに、思ってもみないことだった。
お昼のことはもう頭になかった。
すぐに自分の部屋に駆け込む。
丁寧に、慎重に封を開ける。
開けると、小さな長細い箱と封筒が入っていた。
なんだろう。
箱を開けると、出てきたものはシルバーのペンダント。
言われてみれば、手紙だけなら小包なんて使うはずがない。
「月森くん・・・・・・・」
私の好きなシンプルなつくりのペンダントだった。
言ったことはないけれど、私がそういうものを好んで持っていることを見ていてくれたんだろうか。
そう思うと、急に一緒にいた日々が懐かしくなった。
必死にこらえてるのに、どうしてこういうことをするんだろう。
会いたくなるから、邪魔になるから、メールも電話も我慢してるのに。
なんで、こんなに泣けてしまうことをするんだろう―――。
手紙を読む前から涙で前が滲んでしまう。
大好きだった。今でも大好きだ。
些細な表情の変化でさえ、鮮明に思い出せる。
ヴァイオリンの研ぎ澄まされた音色。一音一音を何かに捧げるように、ひたすらに音を紡いでいた。
音を奏でる真剣な表情も、私の手を心配した少し怒ったような表情も、離れたくないと言ってくれた寂しげな表情も、世界が君の音楽を待っていると笑ってくれた表情も。全部愛しいものだ。忘れられるはずがない。
着けてみると、やっぱり軽くて、可愛くて、綺麗で。
さすがに演奏中に着けてはいられないだろうけど、普段身に着けているにはちょうどいい感じがした。
これを探し出すのにどれだけかかったろう。
見つかるまで何軒か回ったに違いない。
どんな顔をして買ったんだろう。
少し照れたような、はにかんだ様な、そんな表情だったのか。
見ていたかった。ずっと一緒にいられると思っていた。留学の話を聞いてからの2ヶ月は、あまりにも早くて、めまぐるしい日々だった。
「会いたいね・・・・」
言ってみたら辛くなっただけだった。
会えたらどんなにいいだろう。一緒にいられたらどれだけ幸せだろう。
こんなに人を想える恋をするとは思っていなかった。
すごく辛いけど―――幸せでもある今だ。
ペンダントを両手で包んで抱きしめる。
会いたい。それでも、それは無理な願いだから、今は祈ってる。
いつか私たちの道はまた繋がる。
音楽によって出逢った私たちは、また音楽で出逢うんだね。
いつも祈ってる。
あなたに音楽の祝福が訪れますように―――・・・・・・。
香穂子へ
前略。君は変わらず過ごしているだろうか。
こちらはさすがに音楽に囲まれた生活ができる。
星奏学院の環境に似た面もあるが、やはり「普通科」と言われるものがない分、全てが音楽中心に回っているようだ。
それがいいことなのかどうかは分からないが、少し今までと勝手が違っていて戸惑った。それだけ普通科の存在に慣れていたということだろうか。
香穂子に出会うまでの俺だったら、こんな違和感は抱かなかったかもしれない。
これを教えてくれたのも、香穂子なんだな。
先日、香穂子に似合いそうなペンダントを買ったんだ。
同梱するから、よかったら着けてみて欲しい。気に入ってもらえたらいいんだが・・・。
今すぐ着けている姿を見ることができないのは残念だが、いつかまた出会えると信じている。
だから、その時は、そのペンダントをしてみて欲しい。
いつも君を想っている。
月森 蓮
君に音楽の祝福があることを――――。