「こんちはっす、朝倉君」
いつものような全開の笑顔。
ここ数日、全然見てなかった気がする。
「ちゃんと、元気になったんだな」
「心配かけてたよね…?」
「そりゃ盛大に心配させてもらったぞ」
暦先生の結婚式から数日。
ゴールデンウィークに思ったようにデートできなかった分を取り返そうと、今日は出掛ける約束をしていた。
と言っても、この狭い初音島で出かけられる場所なんて限られてるけどな。
「で、どこに行くかは決めてなかったわけだが、どうする」
「誘ってくれたのは朝倉君なんだから、朝倉君に決めて欲しいな」
「・・・・・・じゃあ、ちょうど時間もいい頃だし、映画見て、昼飯食って、その後のことはその時考えよう」
「うんっ」
アクションもの、恋愛もの、SF、ホラー。
すぐに見られそうなものは、ざっとこんなものだった。
「どれがいい?」
と聞けば、ことりのことだ、きっと恋愛モノを推してくるに決まってる。
悪い、さすがにそれを見るのは勘弁してくれ。
「ことりって怖いもの平気?」
「え、これ?」
少し驚いたような表情をしたが、すぐに「見たことないから分からないよ」と返ってきた。
「よし、じゃあ一回見てみるのもいいと思うし、これにしないか?」
「でもこれって、怖いって評判が」
「案外怖くなかったりするけどな」
「そうなの?・・・うーん。じゃあ、見てみるよ」
ホラー系の映画を本当に見たことがないのかもしれない。
一度でも見たことがある女子で、ホラー系が苦手だったらきっとこんな渋り方ではすまないはずだ。いや、見たことないから知らないけど。
そんな会話があって、現在絶賛鑑賞中。
横を見てみれば、ほとんど俺の方に身を寄せていて、スクリーンなんて横目でちらりとしか見ていないことりの姿があった。
やっぱりまずかったのか、この選択は。
映画館だから堪えているようだが、これが家で見ていようものなら絶叫必至。もしかしなくても、速攻画面を消してるはずだ。
そこまで怖いものだとも思わないんだが・・・。
だが、びくびくしながらも必死に耐える姿は微笑ましい。
それに、俺の腕に掴まって怖さを紛らわせようとしてくれるのも嬉しい。
他の客の迷惑になるからと声をかけずに、俺の腕を掴んでいる手を、ポンポンと軽く撫でる。
「?」
だいじょうぶだよ。
恐る恐る顔をあげたことりに、声には出さずに、口の形だけで伝える。
映画館の暗い中でも分かったのか、泣きそうになりながらもちょっとだけ笑って、頷いてくれた。
「うう、やっぱり怖かったよぉ」
文字通り「涙目」で訴えてくることり。
放映終了、館内が明るくなったと同時に上目遣い+涙目でそう言われた。
「そんなに?」
「朝倉君は怖くなかったの?」
「あー、別にそれほどは」
というか、腕が気になってゾンビも幽霊の大群もどうでもよかった。
最初は控えめに腕を掴んでいただけだったのに、中盤を過ぎた頃には腕ごと胸に抱きこんで怖がっていた。
それでどうやって集中しろとおっしゃるのか。無理だ。音夢やさくら相手なら意識せずにいられたかもしれないが、相手がことりという時点で無理だ。
「すごいね!私、怖くて思いっきり抱きついちゃってたね」
少し恥かしそうにごめんねと謝られる。謝られることではないんだけど・・・。
「よしっ、次来る時には平気になってるように頑張るから!」
「は?」
「次は一緒に楽しめるように、DVDで頑張って修行してこようかなって」
「そこまでしなくても、次は他の映画に変えればいいんだし」
あれだけことりを怖がらせると、役得感と同じくらい罪悪感も募るわけで。
毎回はきついにしても、たまになら恋愛映画にも付き合おうと思わせられた。
ホラーがダメなら、アクションでもSFでも、他にもジャンルはいくらでもある。そっちを見ればいい。
「ううん、頑張る!待っててね」
思いっきり、笑顔だ。
この笑顔がずっと見たかった。
無理して笑うんじゃなくて。
不安を押し殺して明るく振舞うんじゃなくて。
今みたいに、俺といることで心から楽しんで欲しかった。
「そこまですることないけど、もし見るなら家に来れば?」
「え?」
「音夢いないからゆっくり見られるし、俺が隣に居るからいくらでも抱きつけるだろ?」
そうなったらわざわざ映画館に来る意味もほとんどないようなものなのだが、そこは敢えて無視する。家のテレビなんかより、映画館の音響効果の方が断然臨場感があって、映画館にはそれを楽しみに来ればいい、なんて勝手に言い訳を作ってみる。
「・・・いいの?」
「当たり前だろ?もし工藤なんかがその練習に付き合い始めたら困るし」
「もう、なんでここで工藤君?」
そう言いながらも、おかしそうにくすくす笑っている。
そんなことりを見て、柄にもなく思ってしまった。
―――その笑顔にいつも元気、もらってるんだろうな。
ことりの笑顔をずっと傍で見てられたらいいな。