「クリスマス、誰と過ごすんですか!?」
「ばか、決まってるじゃない、今更過ぎるでしょその質問」
「えー?それって、安曇せ・・・」
「違うって、あの黒髪の大人っぽい人が・・・」
「ごめん、何の話・・・?」
後輩に囲まれて、きらは困ったように首を傾げるしかなかった。
走るなと常々注意して回る先生さえ走ってしまうと言われるほど忙しい12月。
しかも月末、クリスマスが近づくとなれば、高校生はまだ浮かれている年頃だった。正直なところ、お正月よりも楽しみなイベントだ。
「で、あたしが誰と過ごすのかって?」
「去年は部活のメンバーとクリスマスパーティーでしたけど、今年はその企画者自ら彼氏見つけちゃってやる気ないですし」
後輩の一人が不満そうに言う。
なら自分で企画すればいいようなものだが、それほどの熱意はないらしい。
「それであたしにやれって? 残念、あたしも予定あるんだ」
「えー!?あの噂本当だったんですか!?」
「だから言ったじゃん」
「噂・・・?」
「だから、さっき言ったことですよ。先輩の彼氏。前の生徒会長の安曇先輩か、黒髪の・・・前に学校に来たこともあった人ですよ」
「涼さんのこと?」
「いや、名前は知りませんけど」
あっさり笑う後輩に、きらは呆れたようにため息をつく。
こんな噂が二人の耳に入ったら、二人の迷惑だよ。
むしろ喜びそうなものだが、そうは思わないらしい。
「それも残念。違うよ」
「え、じゃあ誰ですか?」
「教える義理はありませーん」
「えー」
囲む後輩たちから一斉にブーイングが飛び出すが、気にしない。
「よっし、じゃあこの話題は終わりね。あんたたちは自分たちで集まればいいんじゃない?とにかくもう遅いから帰ろう」
「・・・・・・はーい」
きらの一声で、それぞれに防具、竹刀を片付け始めた。
「吉乃さん!」
「や、迎えに来たよ」
「うんっ、ありがとう」
校門から少し離れた交差点。
電柱に凭れ掛かっていた吉乃が片手を上げて、きらを迎えるように離れた。
きらも抱きつくように駆け寄る。
「おや、お嬢ちゃんにしては積極的になってくれたんじゃない?」
「そ、そんなことないけど」
「そう?まあ、いいけど。オレは嬉しかったしね」
抱きついてきたきらをニコニコと抱きしめる。
が、すぐにきらに睨まれて離す。
仕方ないとばかりに手だけ取って、寮までの短い道を歩き始めた。
「えっとさ。25日なんだけど・・・」
きらが物凄く言いづらそうに切り出した。
「うん?ホームのパーティー?」
「そう、それ」
柏木ホームで企画されたクリスマスパーティー。
好春のいなくなったホームだったが、暗く沈み続けるわけにもいかない。
シスターが、少しでも子供たちを励まそうと、きらたちも呼んだのだった。
本来ならホームを出たきらには関係のないパーティーだったが、誘われてきらが参加しないわけもない。
そして、きらが25日をホームで過ごすのに、吉乃が一緒にいないわけもない。
「なに、ダメになったの・・・?」
不安そうに聞く吉乃に、きらが思わずといった様子で吹き出す。
「え、なに笑ってるの」
「だって、すっごい不安そうなんだもん」
「そりゃ不安にもなりますって。その様子じゃ、別に変更になったわけでもなさそうだけど」
「うん、それは大丈夫。やるよ、時間通りだって」
「それはよかった。・・・・これでやっぱりだめになったとか断られたら、オレどうしようかと」
心底安堵したように呟く吉乃に、さすがにきらも首を傾げる。
そんなに不安に思う話だったろうか。
「なんでそんなに安心してるの? 何かあった?」
「何かあった?じゃないでしょう。聞いてるよー、きらの部活の後輩から」
何を?と言わんばかりにまた首を傾げる。
「安曇がきらの彼氏だとか、センセーが彼氏だとか。しかも、きらも否定しない、と」
じとっと睨まれると、さすがに申し訳なくなる。
「いや、でも、勘違いさせたままでも仕方ないかなって思って!」
「どこが?」
「え、安曇先輩なら来年卒業だし、涼さんはもう滅多にこっちの方来ないから・・・。もちろん、二人の耳に入るようなことになったらすぐに謝る! でも、吉乃さんは噂されたら迷惑だろうし・・・」
「全然違う男と噂されてる方が迷惑だけどね」
「・・・吉乃さんだって言っていいの?」
「それくらい、迷惑なんて思うわけないでしょ。このお嬢ちゃんはいらないところで気を遣ってくれちゃって・・・」
「はあ・・・それは」
すみません、と続けるきらを楽しそうに見る吉乃。
「いや、いいよ。でも、まさか安曇と噂があるなんて思ってなかったけどね」
センセーは何となく分かるとして。
「涼さんなら分かるの?」
「安曇は堅物そのものじゃない?それに比べてセンセーは見た目からして優しそうだしねー。女子高生くらいだと、どっちかって言うとそっちに憧れそう」
「なるほど」
「お嬢ちゃんがその部類の人間じゃなくてよかった」
「吉乃さんも優しいよ?」
「付き合う前はその「優しさ」から出た言葉全てで傷つけたけどね」
「京にいのことは今でも好きだからね」
もう少し気ってものを使ってくれると嬉しいな・・・。
呟いた言葉は吹いた風に連れ去られた。
「で、話が逸れた。パーティーがどうしたって?」
「あ、そうそう。クリスマスパーティーではサンタさんやってくれる?」
「はあ!?」
「シスターがね・・・」
きらが大好きなシスターの名前を出した時点で、断れそうもない話だと吉乃は覚悟するしかなかった。
「ちーちゃん!」
「久し振りー!」
「あ、吉乃兄ちゃんも来た!」
クリスマス。
部屋中、プレゼントとツリーの電飾に彩られている。
朝から子供たち総出でやっていたらしい。もしかすると、昨日からやっているかもしれなかった。
「みんな、元気にしてた?」
きらが子供たちを順々に撫でていく一方で、吉乃はよじ登って来る子供たちに苦笑するしかない。
「あー、はいはい、順番に肩車やってあげるから、とりあえず降りなさいって」
聞いてくれそうもない。
「・・・・・・・来年もこんなクリスマスかな・・・」
それでもいいような、もう勘弁と思うような、微妙な心境だった。
「はーい、じゃあ吉乃サンタさんからのプレゼントはみんな回ったかな?」
「来たー!!」
「うわ、これ欲しかったんだよね」
パーティーも進んでくると、本当にサンタの格好に着替えさせられた吉乃だった。
が、すぐにバレて呼び名は普通に吉乃サンタだ。「うっわー、格好つかないなあ」の言葉もしっかり無視された。空しいだけだ。何やってるのオレ。
「よかったね。みんなサンタさんにありがとうは?」
「ありがとう、吉乃兄ちゃん」
「あはは・・・あー、うん、喜んでもらえたならいいかな」
こんな格好をした甲斐もあったよと付け足すのは、さすがにやめた吉乃だった。
「疲れたー・・・」
子供たちの笑い声をホームの広間に残し、吉乃はふらと庭に出てみる。
星が出ていて、空気が澄んでいるのがよく分かる。
きっと街から見ても、こんな澄んだ星空を見れたのかもしれない。
「あー・・・公園でもよかったかも」
公園の方が空気が澄んでて、よく見えそう。
そう思って、ふと笑みが零れそうになってすぐに消した。
拓哉と天泣の娘がそっちに行くって言ってただろ。
今では吉乃自身も外の世界に出手行くことはできるようになっている。
それでも、散々コンプレックスを刺激して行ってくれた拓哉を快く思うことはできない。悪気がないのも分かっているし、善意だというのも分かっている。
彼自身は暗いところのない、気持ちのいい人間だということも分かってる。
それでも感情が追いつかない。
目の前で危険に立ち向かおうとしているきらを差し置いて、天泣の娘を優先したことがあったのも拍車をかけているのかもしれなかった。
「ちょっと、吉乃さん?風邪引くよー?」
「きら」
「シスターが、吉乃さんが出て行ったって言うから追いかけたら、庭なんかにいるんだもん」
「花壇あるからね。腰掛けやすそうだったんだ」
「今、何も植わってないからね」
好春がいたら、冬でも咲く花植えてそうだけど。
きらは、その言葉はぐっと堪えて笑顔で答える。
「きらも座れば?風が冷たくて気持ちいいよ」
「だから風邪引くって・・・」
文句言いながらも、言うとおりに隣に腰掛ける。
「確かに綺麗だね」
「じゃあ、ここで問題ね。どれが冬の大三角か分かる?」
「ええっ!?小学校で習うあれ?」
「見えるよー、ここから」
楽しそうに笑う吉乃とは逆に、一気に顰め面で星を睨みつける。
「・・・・・・・・・・オリオン、こいぬ、おおいぬだけは覚えてる」
「それは星座でしょー、きらあ」
「覚えてないってそんなの!」
「小学生は覚えてますよー。ほら、見える?南のほう。オリオン座。そこから少し離れたところにこいぬ座もあるし、おおいぬ座もあるけど・・・そっちは分からないかな。オリオンのベテルギウス、こいぬのプロキオン、おおいぬのシリウスを結ぶと冬の大三角形のできあがりー」
得意そうに言う吉乃をしげしげと見つめ、きらが目を輝かせる。
「すごいね!もうとっくの昔に忘れちゃってたのに、あたし」
「時間だけは無駄にあるからね。お茶も覚えれば、星座だって、花言葉だって覚えますよ」
「時間を無駄とか言うのは気に入らないけど・・・そっかあ。時間があったら何か覚えようとするのってえらいね」
純粋に褒められて驚く。
「何もすることがないからやってるだけなんだけどねえ」
「えーでもすごいって」
「お嬢ちゃんがそう言ってくれるなら、それなりに覚えた自分を褒めてみようかな」
なんか、ロマンチックにはならなかったけどねー。
苦笑したように続ける。
「これじゃあ、理科の授業だな。これでリゲルがどの辺りにあって、とか言い始めちゃったら、完璧に理科の授業」
「あはは、それも楽しそう」
「そうかなあ?」
クスクスと笑うきらを横目にして、つい釣られて吉乃も笑う。
星の話題をクリスマスにして、いきなり理科の授業に飛んでどうする。
そう思うのに、きら相手だったらしかたないような気もするし、そもそもそんな話題を振った自分も悪かった。
「あたしはこういうの好きだよ。こうやって吉乃さんとどうでもよさそうな話するの。クリスマスだけじゃなくって、ずーっとやっていきたい」
「オレは、きらがいなくなるまでそうしてるつもりですよ」
人間や一謡には無限だとさえ思えるであろう、九艘の寿命。
その寿命の中では、きらと一緒に生きられる時間なんて短すぎる。これからの70年。一緒にいられたとしても、その先に吉乃には百数十年の命が約束されている。下手をしたら、200年、300年は生きることになる。
それが分かっていても、きらの手をとらずにはいられなかった。
吉乃を呪いから解放してくれたのは、他でもないきらだ。
呪いがあると分かっていても、助けなければと心から思ったのもきらだからだ。
「・・・きら」
「うーん?」
「来年、またサンタやろうかなあ」
「来年はやらなくていいって」
「え?」
お願いするね。
そんな言葉が返ってくると思っていた。
全く考えていなかった言葉に、吉乃は空に投げていた視線をきらに勢いよく戻した。
来年はもう一緒にクリスマスを過ごすことはないということ?
「来年は二人だけで過ごしたい」
「・・・二人だけ?」
「うん。部活でね、誰と過ごすんですかって聞かれたんだ」
「・・・・・安曇と過ごすんですかって訊かれたんじゃなくて?」
「違うよ、もう」
呆れたようにしながら続ける。
「ちゃんと、誰とすごすのかって訊かれた。そしたら、ちゃんと吉乃さんとホームで過ごそうって約束してたのに、二人っきりでクリスマスツリーのイルミネーション見てるの想像したんだ」
「・・・・・・・そうだったんだ」
吉乃が優しげに目を細めて、きらの手に自分のそれを重ねた。
「すぐに思い出したけど。・・・・・・・・でも、来年は。来年は二人っきりで過ごしたい」
「オレもその方が嬉しい。ただ、そこは来年限定にしないで、これから先の未来全部って言って欲しいけど」
拗ねた言葉にきらが少し目を見開いて、それから破顔した。
「うんっ!ずっとそうしてたい!」
―――来年も、その先も毎年。
一緒に過ごしていこう。
ケンカもするだろうし、やっぱり怒らせることもあると思う。
それでも、この先オレが好きだと思うのはきらだけだよ。
・・・来年の話をしても鬼が笑うのに、その先まで話したらもっと笑われる?
オレは構わないけどね。
でもまあ、とりあえず、来年は確定かな。
「外の世界」のすごく綺麗で、大きくて、優しいツリーを見に行こうか。
もちろん、デートっぽく待ち合わせでね。