「りょ・う・さ・ん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・なんですか、気持ちが悪い」
きらが寮に帰った明月家には、片瀬だけが残っていた。
笑顔でその場の全員を引かせた挙句、爆弾発言を続けた涼。
そんな涼を、ここで片瀬が面白がらないはずがなかった。
「あの嬢ちゃんのこと、いつからきらなんて呼びだしたんだ?」
「関係ないでしょう」
「おやあ?いつかはここに住むんだろ?なら、少しでも知っておいた方がいいんじゃないか?」
肩に手を回しながら続ける片瀬に、心底うるさそうな視線を向けながら手を叩く。
「止めてくれませんか。それに、彼女はここに住むのですから片瀬さんとお会いするのも滅多にないでしょう。彼女の存在と名前と、私がいることを覚えていてくだされば充分です」
律儀に返す涼に、つまらなそうな片瀬。いつもの光景だ。
「あんな子供に興味ないっての。俺はどっちかって言うとお前がなんであんな子供を選んだかの方が興味がある」
「まだ言いますか。放っておいていただけませんか」
「あれだけ笑顔で一緒に道場を盛り立てて欲しい、なんて言ってたヤツが、嬢ちゃんがいなくなった途端にこれか」
「いい加減にしていただけませんか。あなたは仮にも当主のハンターでしょう。お傍に・・・」
「お前の弟がいるじゃねーか」
「だから、圭だけに任せるなと・・・」
「あっれー?お前、弟に嫌に肩入れするなあ?それもお嬢ちゃんの影響か?」
まだ絡むかと睨むのも構わずに、笑顔の片瀬だ。
「・・・・・・・・・・・確かに、彼女には私たち兄弟のことに関しては心配をかけました。圭のことに触れない私のことを心配もしていたようですし」
「へえ?」
「彼女がいたから私たちは以前の関係に戻れたのだと思っています。感謝していますよ。圭も同じでしょう」
そうだよなあお前ら酷かったもんなあとしきりに頷いている。
そこまで言われるほど酷かったかと考える涼だったが・・・・・・・・酷かったかもしれない。
「ここまで踏み込んできたのは彼女が初めてでした。親身になってくれたその優しさにも惹かれましたし、無鉄砲とも思える真っ直ぐさにも惹かれました。彼女に傍にいて欲しいと思ったのはそれが理由ですよ」
一気に捲くし立て、これでもう満足でしょうと言わんばかりに片瀬を睨む涼だが、片瀬は満足そうどころかしたり顔だった。
「お前・・・・・・・本当に、兄弟揃って女の趣味似てんな」
「?」
「結局、九艘の男に持ってかれた白石って女のこと、圭も好きだったんだろ?」
「・・・そんな話は知りませんが」
「うわあ・・・お前ら、本当に兄弟か?まあ、その変に硬いところなんかはそっくりだけどな」
余計なお世話です、と無言で睨む涼に、涼しい顔で続ける。
「あいつもお前も、惚れてるところ一緒だよなあ。明月も同じようなこと言ってた」
「ああそうですか。・・・・・・・すみません、本当にもうそろそろ片瀬さんの戯言に付き合うのは飽き飽きしてきたのですが」
「なんでいきなりそう攻撃的になる?いつも、もう少し優しい態度で・・・」
「退いていただけますか、道場でみなが待っていますので」
一転して柔らかな口調と、笑顔で応じる涼に深々とため息をついて、涼の前から一歩脇にずれる。
「ありがとうございます」
「・・・・・・・・・・今度こそ、最後までからかってやる」
「今度と次は一生来ないものと言われていますよね」
「馬鹿、今度とお化けだ」
「ではそれに、次も加えておくといいかもしれません。―――ああ、それと」
つと片瀬の横を通り過ぎようとした涼が立ち止まる。
「あん?」
「他の男に想い人を持っていかれた圭と一緒にしないでいただけますか?」
「・・・・・・・」
明月が聞いたら泣くぞ、と爽やかに歩き去る涼の背中に小さく呟いた。
圭と一緒になんてされたくはない。
圭との確執だとか、意地だとか、そんなことではなくて。
自分がきらを愛しているのはただ優しくされたからだけなんかではなかった。
彼女が優しくしてくれればしてくれるほど、兄弟の闇に踏み込んでくれば来るほど、それを受け止める彼女はどれほど強いのだろうと思った。
自分自身が受け止め切れなかったのに、それを赤の他人の彼女が一緒に受け止めようとしてくれる。
そして、そんな時に気付いた。寧ろ、気付かずにはいられなかった。彼女の一番近くにいたから。
闇を受け止めてなお笑顔で包める彼女は、そうなるまでにどれほど辛い思いをしてきたのだろうか。
両親がいない。記憶もない。彼女の記憶はホームから始まっている。
両親に逢いたいと願った日があったかもしれない。
寂しさに、誰かに助けを求めたかった夜があったかもしれない。
彼女の隣にいれば、そう気付くのに時間は掛からなかった。
そうして、いつからだったろう。自分でも分からないくらい自然に、彼女の家族になりたいと思っていた。
本当の両親の代わりにはなれなくても、彼女には新しく家族を作っていくことはできる。
なら、そうなるのは私でありたい。
彼女の家族になりたい。
彼女を包んであげたい。
彼女の隣で支えたい。
彼女をずっと見ていたい。
―――彼女の悲しみを癒せる存在になりたい
いつもそう願っている。