目の前で眠る寝顔に、ひどく優しい気持ちがした。
あの時、助けられなかったらと。
あの時、本当にあいつに花嫁として連れ去られてしまったらと。
気が気でなかったあの時が嘘のように、今はただただ穏やかだ。
柏木ともども、陽菜が連れ去られたと言われ、あとを追ってみれば吉乃さんと柏木が全て解決したあとだった。
陽菜がニコニコと微笑んでいるのを見た瞬間、こちらも笑いたくなって、すぐに厳しい表情をつくった。何してるんだと怒鳴っていたら、いつの間にやら、俺の隣には吉乃さんがいて、その目の前には柏木が首をすくめて立っていた。
ときどき「そんなに怒らなくても・・・」と反論しては、吉乃さんにすごい形相で睨まれ、「反省すべき点はないとでも思ってるわけじゃないよね?」とすごまれていた。
俺と吉乃さんの怒りもようやく収まって、俺と陽菜は九艘の郷へ戻ってきた。
そして、今に至る。兄貴が珍しく気を利かせて、本家の一室に陽菜の部屋を用意していてくれた。
陽菜はふとんを見ると、俺が入るのも構わずそのまま寝入ってしまった。
「っく。少しは警戒しろよ・・・」
仮にも付き合い始めて2年経つ彼氏が横にいるというのに、ここまで無邪気に寝入られても困る。
この家には兄貴がいるし、あんなことがあった後にすぐどうこうしようなんて思ってはいないが、これは如何なものだろう。
そんなことを思いながら、幸せそうに眠る陽菜の寝顔を見つめ続ける。
もう2度と陽菜に会えないかもしれないと思ってさえいたのに、今は変わらず目の前に穏やかな陽菜の寝顔がある。
それがこんなに大切なことだなんて思いもしなかった。
いつも一緒に居たから、陽菜が隣に居ることが当たり前になっていた。居なくなるなんて思いもしなかった。
「あの約束、覚えてるか?」
幼い頃に交わした約束。
陽菜が九艘になるきっかけになった約束。
俺が陽菜の人生を狂わせてしまった。そうなるきっかけになった約束。
『九艘にしてくれてよかった。先輩と一緒にいられるから』
その言葉があったから俺はようやく罪から解放された気がしたんだ。
そして、その言葉があったから、俺は陽菜とずっと一緒にいられるんだと安心していられたんだ。
二人だけの約束で、他の誰かに引き裂かれることなどない約束だと思っていた。
それがこんな形で引き裂かれそうになってしまったのだ。
「陽菜・・・・もう、絶対離れないでいよう・・・・・・」
俺が守るから。
今度こそ、ずっと俺が全ての危険から守ってやるから。2年前のように。2年前以上に。
だから、どうか。
どうか、陽菜とずっといたいんだ――――。