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幸せを願っているよ

「ただいま戻りました」
「涼さん!お帰りなさい!」
「きらせんせー!お邪魔しまーす」
「お邪魔しまーす」
「こんばんはー!」
 私の横を何人もの子供たちが駆け抜けていく。誰の家だか分からなくなるくらい、子供たちはまっすぐきらのいる台所へ走っていった。
 さすがに、それは小学生だけで、中学生は歩いて行ったが、まっすぐきらの元に向かうことには変わりない。
「えーっ、なんでみんないるの!?」
 奥でそんな叫び声がする。
「ちょ、涼さん!」
 苦笑しながら奥へ進むと、子供たちに抱きつかれて困り果てているきらがいた。
「すみません、子供たちが今日から夏休みだと言っていて、時間があるから家に来たいと騒いでいたのですよ」
「はあ・・・そうだったんですか。困ったなあ。この時間だと夕食どうするのみんな?」
「きらせんせーの料理食べたい」
 一人が満面の笑顔でそう言った。当然の反応に、きらはため息をついてずっと煮ていたと思われる鍋をみた。
 その瞬間、微かに表情が引き攣るのを見て、吹き出してしまった。
「ちょっと、涼さん!?いきなり笑わないでくれますか!?」
「ああ、すみません。分かりやすかったもので。・・・一緒に作りましょうか?」
 きっと派手な失敗はしていないのだろう。ただ、子供たちに出せるレベルかと言うと、断じてそんなレベルではないに違いない。
 子供の前ではいつも完璧な師範だから、料理も完璧でいたいのかもしれない。
「うう・・・・お願いします」
「はい」




 子供たちを中学生に任せて、いつものようにきらの横に立って魚をさばき始めた。
 きらは隣で野菜を切っている。魚はまださばけないが、野菜は危なげなく切れるようになってきた。
「上手くなりましたね、きら」
「うう・・・褒められても、今は素直に受け取れません・・・」
 視界の端に、どうしても微妙に焦がした煮物が映るらしい。
「はあ・・・どうして料理習っておかなかったかなあ、シスターに」
「そんなこと言わないで。ね?私はきらと一緒に料理できて楽しいですよ」
 笑ってそう言うと、ようやく少し笑ってくれた。
「人間、誰しも苦手なものはあるものです。私はきらのお陰で魚を食べられるようになりましたが、昔は苦手だったでしょう?」
「じゃあ、今はないじゃないですか」
「今もありますよ」
 クエスチョンマークがいくつも飛んでいるのが目に浮かびそうなくらい、不思議そうな顔をして見上げてきた。
 そんな表情も可愛いなどと思ってしまって、視線を魚に向けた。
「ほらほら、そんなことよりも野菜切ってください。子供たちが待ってますよ」
「うわあっ、忘れてた」




 切った野菜はそのまま野菜炒めにして、魚は煮魚にすることにした。
 野菜炒めはさすがに作り続けただけあって、きらも味付けまで完璧にできるようになっている。―――そこまでの過程に、どれだけの失敗があったかは言わないでおくが。
「涼さん、味見してもらっていいですか?」
 完璧なのに、毎回訊いて来る。
 今までの失敗が祟っているのかもしれない。
「頂きますよ、ありがとう」
 一口分、箸で摘まれた野菜炒めが差し出される。そのまま、ぱくっと食べてみた。
「味見なんて必要ないくらいに、美味しいですよ」
「本当ですか?やったー!」
 にこっと二人で笑い合った瞬間、後ろでものすごい音がして、何かが倒れた気配がした。
「どうしました!?」
「何!?」
 振り返ると、遊びに来ていた子供たちのほとんどが折り重なって倒れ、中学生の何人かは、妙に視線を漂わせていた。
「・・・・何してるんですか?」
 私たちの料理の様子を見ていたのは明らかで、でも、そんなに心配されるほどのことはないと思うのだが。
 私の腕が信じられないのかと、少し不機嫌になる。料理と剣の腕だけは疑われたくない。
「べ、別に二人を覗いていたわけじゃ・・・!」
 無駄な弁解をした最年長者に、
「じゃあ、何してたんですか?」
「せんせーたちこそ、何してたの?」
 今度は、小学生の男の子がニヤニヤと訊いて来た。
 何をしていたかと言われても、
「料理ですが?ねえ?」
 きらに話題を振ると、同じように「はい」と返される。それ以外していた覚えがない。
「先生たちって、結婚何年目でしたっけ?」
「結婚?」
 隣できらが「わたしが高校卒業してすぐに結婚したから・・・えーと、5年くらい?」
「・・・・・・・・・・先生たちって、仲いいですよね・・・」
「? そうですか?」
「結婚して5年経っても、料理一緒にやってたり、食べさせてあげてたりって・・・・・・それはないですよ・・・」
「え、ちょ、あれは・・・!」
 隣で慌てるきらに追い討ちをかけるように、「子供の顔も早く見れそうですねー」と言ってくる子供までいて、とうとうきらは絶句してしまった。
「仲がよくて羨ましいでしょう?」
「へ?先生・・・・?」
「ケンカしながら一緒に暮らすよりも、仲良く暮らした方がいいでしょう?みんなもそんな人が見つかるといいね」




 5年半前まで、知らず知らずのうちに、ずっと弟を恨みながら生きてきた。
 たった一人の弟で、いつも私を気遣ってくれた優しい弟を。
 そして、そんな弟を憎んでいるなんて、誰にも言えなかった。気付いてもいなかった。
 一人で、自分でも気付けなかった「憎しみ」を抱き続けていた。
 それが、烏の事件をきっかけにきらという存在に出逢い、一緒に見回りをするうちに、その曇りのない笑顔と過去を乗り越えた強さに心惹かれていた。
 ハンターとしての出自はこれ以上ないほどのもので、ハンターでない私には眩しかった。
 それでも、私を頼り、師と仰いでくれたことも嬉しかった。
 圭にしたように、厳しく稽古しているうちに、目に見える笑顔や強さだけでないことも分かってきた。
 そうしているうちに、気付いたのだ。自分が圭を憎んでいたと。だからといって、ハンターでないということもどうすることもできないものだという事実も、改めて突きつけられた。それでも、彼女がいて、話を聴いてくれたから、圭が選ばれたことにこそ意味があったのだと思えたのだ。そう気付かせてくれたのは、彼女の人を包み込む優しさだった。
 でも、彼女にだって脆さはある。
 だから、彼女を支えたいと思った。
 大切だから。大事だから。愛しいから。愛しているから。



「私はね、こうして仲良く暮らして行ける最愛の人に出逢えて幸せです。だから、みんなもそう思える人に早く出逢えるといいね」








―――――幸せを願っているよ





涼きら好きすぎて、勢いだけで書いたSS。
きらが無条件で幸せになれるのは、この人以外にいないと思った。
掲載: 08/05/11