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年を重ねてゆくあなたを、
ずっと傍で見ていられますように

―――あの事件から1年半。



「卒業おめでとう」



 校門の前で、今にも泣き出しそうなきらにこの言葉を。
 長かった1年半が、思い出されては消えて、また違う景色が浮かんでくる。
 これからの未来が、いつもあなたとあるように。






「おめでとう、柏木さん」
「ありがとうございます!当主さん」
「本当に長かったですね、これからは郷で暮らすことになりますし、まだもう少し忙しくなりますが・・・」
 卒業証書を持ったまま、一謡の郷に一旦戻ると、忙しいだろうに時間を作ったらしい二人が出迎えてくれた。
「涼、お前、これから時間あるなら柏木さんをホームまで送ってやれ。と言うか、こっちに来るより先に、ホームに挨拶するのが先だろう」
「はあ・・・そうかとも思ったのですが、きらが先にこちらに挨拶したいと」
「だって、これからはこっちでお世話になるんですから、まずこっちかなって」
 さっきまでの泣きそうな顔じゃなく、心から楽しそうに笑うきらが微笑ましい。
「そんなことはいいんだよ。これからは君も加々良家のハンターだ。よろしく頼むよ」
「はいっ」
「そのために剣術も磨いてきましたしね」
「涼さんの指導厳しくて逃げたくなりましたけどね」
「何言ってるんですか。止めようって言ってもなかなか止めないあなたを止めるのに私と門下生がどれだけ苦労したことか・・・」
 なかなか竹刀を降ろそうとしないきらにこれ以上やっても意味がないと、何度言い聞かせたことか。
 思い出してため息を吐くと、愁一様はおかしくて堪らないと言うように噴出した。
「・・・笑わないで下さい。本当に苦労したんです。圭もそうでしょう?」
「あ・・・いや・・・」
「ちょ・・・っ、私そんなに酷かったですか!?」
 酷い!とむくれるきらに、また愁一様が笑い出して、
「もう、笑いすぎですから!」
「ああ、いや・・・ごめんね。不思議だなあとか思っちゃって」
「・・・?」
 怪訝そうな顔になるきらと、なぜか私を交互に見る。
「まあ今さらだけど。君みたいな女の子が、わざわざ口うるさい涼を選ぶなんてなって思ってたんだ」
「なんですかそれ?」
 きょとんと愁一様を見返すきらが心底不思議そうだ。
「愁一様!いきなり何を言い出すんですか。ほら、柏木さんも困っていますよ」
「いや、だって思うだろ?」
「・・・愁一様はこれだから・・。柏木さん、気になさらないで下さいね。いきなり変なこと言い出すのが愁一様ですから」
「何言ってるんだ、圭。俺は思ったまま・・・。お前だって否定しないくせに」
「もうホームに行かれたほうが宜しいのではありませんか?兄さん、愁一様にはあとできつく叱っておきますから」
「え、あ・・・じゃあそうさせてもらいましょうか、きら」




「きら・・・?」
 郷を出てから一言も話さないきらに、沈黙に耐え切れず声をかける。
「どうかしたんですか。気分が悪いようなら、明日でもいいと思いますが」
「違います・・・」
 否定の言葉も心なしか弱々しい。
「・・・さっきの、愁一さんの言葉ですけど・・・」
「愁一様が?」
 何かあっただろうか。
「・・・・・・・・・・・私が涼さんと一緒にいるのって、おかしいのかなあ・・・」
「はい?」
「だって、なんか、そんなこと・・・言ってたじゃないですか・・・」


『君みたいな女の子が、わざわざ口うるさい涼を選ぶなんてなって思ってたんだ』


「わざわざ私みたいな人を選ぶなんて、と言うあれですか?」
 こく、と頷く姿に、やっぱり分からないと思う。
 あれは私が傷つく言葉のはずで、きらが悩む言葉ではないはず。
「・・・愁一さんは優しいから言葉選んでくれたけど、裏を返したら、涼さんの隣にいる人間が私みたいなのはおかしいってことなのかなって思っちゃって」
「きららしくない言葉ですね」
「いつもいつも前向きではいられないじゃないですか」
「まあ・・・そうですが。確かに愁一様はお優しくていらっしゃる。でも、あの言葉は本心からだと思いますよ。あなたのような自由に生きられる人が、なぜ私なのかと誰もが思うでしょう。実際、私も思っていましたよ」
「ええっ、何でですか?逆なら分かるけど・・・」
 本当に驚いたような反応に、こちらが驚く。
「自分でも分かっているのですよ。圭や門下生などは当然のように受け入れてくれていますが、愁一様やあなたには、私のような態度は厳しいだけとしか映らないと」
 性格なのでなかなか直せませんが、と笑ってみると、勢いよく首を振るきらに否定される。
「私も、愁一さんもそんなこと思ってません!口うるさいとかも、思ったことないですから!」
「・・・・・・そう、ですか?」
 意外だった、と言ったら怒られるだろうか。
 無理に押し切ったところがなかったとは言えないが、結局こうして郷に来てくれる気になっているのだし、それなりに私のことも好きでいてくれるだろうと思ってはいたが。 「稽古中とかは、確かに厳しいなあって思うこともありましたけど、こうして二人でいるときに何か言われることもなかったし、寧ろ甘やかされすぎ?とか思ったくらいですよ」
「・・・そんなに甘やかしていましたか?」
 注意しなかったのは、するべきところがなかっただけで。
 どちらかと言えば、感心するところや、優しさ、正義感に溢れたところばかり見ていた気もする。たまに可愛い一面も見せてくれていた。
「・・・・・・・・涼さん、いつも優しいし、すごく大人だし。やっぱり、私釣り合わないよねって思うことばかりです・・・」
「どうしてそう思うのでしょうか・・・」
 がさつだし、女の子らしくないし・・・・・美人じゃないし。
 小さな声でまた泣きそうな声になっている。
「こーら、きら?卒業式で充分泣いたじゃないですか。また泣くんですか?」
「それとこれとは違いますっ!」
 きっと睨みつけるようにしているけれど、もう半分泣いているような状態で、怖くもなんともない。普段怒っていても、子犬が吠えているだけのような可愛いとすら思える様で可哀相になることもあるが。
「あなたが何に不安を感じているのか分かりませんが、」
 できるだけ優しく、怯えないように。
 ふわりときらの頭に手を乗せる。
「いつも私が傍にいて欲しいのは、あなたで、あなた以外の誰も考えたことはありませんよ。誰に何と言われようとも、これだけは譲れません」
「・・・・・・・・・・・・・・愁一さんは、私じゃ合わないみたいなこと言ってましたけど」
「だから、あれは私があなたに合わないだろうという話で、あなたが傷つくことじゃありませんよ。それ以前に、いくら愁一様の言葉だろうと知ったことではありません」
「?」
「私でいいのかなどと言う悩みはとっくの昔に悩みつくしました。烏の事件が終わったあの晩までにね」
「あの晩?」
「おや。忘れられてしまったのですか?残念」
「え・・・・・・・・・・あ!覚えてますよ?!」
 どう見ても、たった今思い出すまで忘れていたのは確実だ。
「その晩、あなたを抱きしめるまでに悩みつくしました。だから、あんな言葉くらいで揺らぐことはありません。あなたが傍に居てくれるのなら、誰のどんな言葉にも揺らぎません」
「涼さん・・・・・・・」
「だから、あなたはただ信じてくれればいい。私が愛していて、これからの未来を見て行きたいのはあなただけです」


 あと何十年、一緒に重ねるであろう年月。
 九艘でない私たちに永遠と思えるほどの命はないけれど。
 私たち一謡は極端に人間とかけ離れていることはない。
 だからこうして温かい今のまま一緒に生きていこう。
 年を重ねるあなたを一生傍で見ていられますように。
 そして、




あなたがただ笑って、幸福であれるように。





水旋2で、一番好きなカプです。
最後、お題サイトにあったように「あなたも私を見ていてくれますように」と、続けようかとも思いましたが、涼的にそれはないと思ったので、こちらにしてみました。
いかがでしょうか。
◇ as far as I know 〜願い事〜
掲載: 08/05/11