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手放せない笑顔
手放したくない笑顔
 最近、クロームの様子がおかしい。



 ………と、思う。
 ずっと傍についていたことがあるわけじゃないからはっきりとは分からないけど、妙に気落ちしている気がする。
 京子ちゃんやハルに聞いてみたら、特別変なことはないって言ってたから気のせいかもしれないんだけど。



「自分の勘だけ信じてここまで来ちゃう俺ってなんなんだろうなぁ」


 
 黒曜メンバーのアジト(というか単に住処ってだけな気がする)。
 学校帰りに、どうしてもクロームの様子が気になって来てしまった。

 クロームしかいないといいんだけど、あの二人もやっぱりいるのかな居ないでくれ頼むから!

 そんなことを必死に祈りながら、一歩踏み出す。
 そうしてしまえば後は勢いに任せて、クロームを探す。
「クローム?いるー?」
 骸の取り巻きの犬と千種には会いたくはなかったけれど、会ってしまったらそれはその時だと自分に言い聞かせて声を上げる。
「クロームー?いないの?俺だよ」
 そうして声を張り上げ続けてどのくらい経っただろう?
 いくつもの扉を開けては閉めを繰り返した時だった、
「クローム?…いな―――」
「ボス?」
「いっ!?クローム!?」
「うん。ボスの声、聞こえたから来た」
 ここもいないのかとある部屋のドアを閉め、振りかえった瞬間に目の前には学生鞄を抱えたクロームがいた。
「あ、いや、ごめん!勝手に色んな部屋開けちゃったりとかその前に勝手に入っちゃったりとか!」
 少しだけでも冷静に考えたら、他人の家に勝手に入って物色してるも同然なんじゃ?なんてことに気づいてしまった。
 怒るかな怒るよね本当ごめん悪気はなかった!
「ううん。ボスならいい。大丈夫。…何かあった?」
「い、や―――」
 何かあったって言うなら君の方なんじゃ?ない…かなー…?とか思ってるんだけど。
「霧の力が必要なの?」
 ちょこんと覗き込まれる。
 その表情がいやに深刻で、一気に冷静さがこっちにも戻ってくる。
「―――何かあったのは、クロームの方じゃない?」
「え?」
「俺の考えすぎだったらごめん。最近、落ち込んでるような気がしてさ。何か悩んでることがあるなら俺聞くし」
「…………」
「骸のこと、っていうのは合ってる?」
「骸様?」
 きょとん、と俺を見返したクロームは、しばらく俺を見た後、唇に指を当て少し考え込むような仕草をした。
 そんな状況が続いて2分が経とうとした時、はっと気付いた。
「ごめん!!」
「っ!」
 いきなり大声で謝った俺に動揺してクロームがびくっと肩を揺らした。
「そうだよ俺何言ってんだろ、何か悩んでたとして、俺に言うより京子ちゃんやハルに相談するに決まってるのに!」
 なんとなくクロームから感じた違和感は俺にしか分からないらしいって思ってここまで来ちゃったけど、その前に悩んでるかどうかも怪しいのに。
 俺何やってるんだろ……。
「あー…本当ごめんな、俺が来ちゃったら悩みなくても何か言わないとって思っちゃうよな」
「え」
「俺考えなしでさー。よくリボーンにも怒鳴られるんだ。何度注意されても変わらないって嫌になるんだけど」
 しかもそのせいでクロームに迷惑かけてると思うとなおさら。
「やっぱり俺の勘違いだったらしいし、帰るね。あ、今日は学校から直で来ちゃったから何もないんだけど、今度母さんに頼んでお弁当作ってもらうから」
 バツは悪かったけど、とにかくそれだけは笑顔で伝える。
「じゃあ、バイバイ。また来るよ」
 軽く手を振って出口に足を向けた瞬間、
「待って…!」
 腕に妙な重さがかかった。
「――――え?」
「…ボスに聞いてほしいこと、ある、…けど、迷惑になるかも」
「迷惑なんてそんな!」
「っ」
 またしても驚かせたらしい、びっくりした表情でこちらを見ている。
「迷惑だって思うくらいならここに来るわけないし、どんな内容でも一緒に考えようって、そのくらいは思って来てるんだよ?」
「ボス…」
「クロームは俺にとって大切な仲間だから、もし何か悩んでてその相談を俺にしてくれるならそれ以上に嬉しいことなんてないって本気で思う」
「本当…?」
「ほんとほんと」
 笑顔で請け負うと、びっくりしたような表情が緩んで、可愛い微笑みに変わった。
 って、可愛いって。
 いやいやいやいや、確かにクロームはすごく可愛いんだけど!そういう意味じゃなくって!
 自分でも「そういう意味」ってどういう意味なのか分からないまま、内心の焦りを隠そうとひっそりと必死になる。
「あ」
「へ?」
 何かに気付いたようなクロームに、
「どうかした?」
 訊いてみる。
「えっと、お茶とかお菓子はないんだけど、ソファはあるから座って」
「は、え、うん」
 立ったまま話してたことがまずいと思ったらしい。
 ちょうど俺が閉めたドアを今度はクロームが開けてくれて、中の部屋に誘われる。
 初めて見た部屋だったけど、中にはソファと脚の短いテーブルだけが置かれていた。
 前に何度か見たあの広い遊戯室的な部屋とは違って、個室に近そうだ。何のための部屋だったんだろう。




「クローム…?」
 部屋に通されて早10分。
 クロームは床にぺたんと座っていて、俺だけソファに座らされていた。
 クロームが床なら、俺だって床に座った方が居心地いいんだけど…!
 クロームとの身長差があまりない俺としては、あまり上から見下ろすなんてことは今までなかったから居心地が悪い。
「………あのね」
 意を決したように、クロームが口を開く。



「私、ずっとボスの傍にいたい」



「……………………………………」
「ダメ?」
「……………………………もう一度お願いします」
 なんだこれなんだこの展開。
「ボスの傍にいたいの」
「―――その心は…?」
「………骸様が帰ってきた後も、役には立たないかもしれないけど、何か手伝いたいな、って」
「骸が帰ってきた後?」
 ヴィンディチェの水牢に今なお繋がれている骸が帰ってくる?
 そりゃいつかは帰ってくるかもしれない。
 むしろ、あいつのことだから脱走を試みそうな気がする。
 そしてその手伝いは、間違いなく犬、千種、―――クロームなんだろう。
「うん。霧の守護者は骸様だから」
「あ…」
 未来での戦いの中でも、ボスの座をザンザスと争った時も、クロームがいつも必死に立とうとしていた姿が思い出された。
 クロームがあまりにも頑張るから、ボンゴレの霧の守護者はクロームのような気がしていたが、普通に考えれば骸が守護者なんだろう。
「あー…あ、そっか、骸か」
「うん。でも、私も頑張る。ボンゴレの役に立てるように、骸様の役に立てるように頑張るから」
 いや、マフィア殲滅を掲げる骸の役に立とうとするなら、どう考えてもボンゴレ殲滅運動強制参加だと思うんだけど!
 突っ込んじゃいけない雰囲気なのは分かってるから言わないけど!
「俺、今言われるまでクロームが霧の守護者だと思ってた」
「え?」
「そうだよな、10年後の世界で霧の守護者って言われてたの骸だったよな。うわー…そっかぁ骸かぁ」
 骸相手に渡り合っていたらしい10年後の俺ってどんなだろう。
 未来が少し憂鬱になって、思わずソファの背にもたれてしまう。
「クロームだったらいいのにな、それ」
「私?」
「…………こんなこと言うと骸に笑われるかもしれないけど、あいつ何考えてるか読めないとこあるからさ」
「読めないことこそ霧の本質だって教わった」
 うん、まぁそうなんだけど。
 訳分からないのは雲雀さんだけで充分――あの人も考えてるのは戦うことだけだから分かりやすいけどね。
 10年後を見れば、それだけじゃないのも分かるけど、今の雲雀さんはそれで間違ってないと思うし。
「それでも俺は、ずっと怖い世界を一緒に戦ってくれたクロームが守護者ならいいのにって思うよ」
 それからクロームに視線を移して、怖がらせないようにって祈りながら笑いかける。
「でも、その反面、骸が守護者であってほしいとも思うんだ」
「…………うん」
「うんって。意味分かってないでしょクローム?」
「骸様は強いから。絶対足手まといになんてならないし、ボンゴレのためになる」
「うん」
 冷静に、ボンゴレのためを考えればそうなる。
 でも、俺が「ボンゴレのため」を最優先に考えられるわけないって。
「それは理性的に考えた場合なんじゃないかな。俺、そんなの考えられるわけないし」
「…?」
「クロームが俺たちの帰りを待ってくれてるって思えば、俺たちは何だってできるって思うんだ」
「ボス…?」
「俺達はみんな、クロームを好きだし、信頼してるし、仲間だって思ってる。俺たちが帰らなかったら、クロームが悲しむことも知ってる。だから、」
 ソファを降りて、床に膝をついてクロームに視線の高さを合わせた。
「だから、守護者としてじゃなくても、ずっと、ずーっと俺たちといてほしい」



 危険な世界にはいてほしくない。
 ボンゴレの創立理念はどうであろうと、現状はマフィアであることに変わりない。
 ミルフィオーレの例を見ても、銃撃戦ってレベルじゃない危険な争いが待っているのは明らかだ。
 争いとは遠いところで静かに暮らしてほしいって願うには、クロームはこっちに近づきすぎた。
 だから、俺たちのそばで、俺たちの守れる範囲にずっといて、ずっとずっと俺たちと一緒にクロームの選べる範囲の、クロームなりの最高の幸せを見つけて。

―――そう願うのはやっぱり俺のエゴだろうか。

 未来の世界で京子ちゃんたちに気付かされた。
 勝手に守ろうとするだけなのは、逆に不安と心配をかけるだけなんだと。
 でも、俺さ。言われても進歩しないから。
 クロームのことは俺達で―――いや、俺の手で守りたいって思っちゃうんだよ。
 俺が君の不安に気づけたこと、どうしたって嬉しいって思っちゃうんだ。
 なんだろう、よく分かんないけど。



「……うん…っ」



 こんな笑顔、手放せるわけない、よね?




久々すぎる更新がReborn!とかどういう神経してるの?
自分で突っ込みつつ、大好きなんだという主張をですねry
掲載: 10/10/17