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俺のとなりで君が、

 好きなものって何ですか?
 じゃあ、今まで見てきたもので好きだなって思ったものは?
 私は・・・・・・



 延々続きそうな話に、軽くため息が漏れる。
「あ・・・すみません、質問しすぎましたか?」
「・・・・・・・・・・いや、よく喋るなと思っただけだ」
「忍人さん、酷い!」
 軽く頬を膨らませてそっぽを向いてしまうのは、豊葦原を統べる王、葦原千尋だ。
 これがいつもの会話で、相手がこれくらいでは本気で落ち込まないのを知っている。
「悪かった、機嫌を直してくれないか」
「・・・・本当に悪いと思ってます?」
「思っている」
「ウソですね」
 どうして欲しいんだ、また軽くため息を吐きそうになった時。
「千尋。忍人も、こんなところにいたんですか」
「だから言っただろう?」
「そうですね、でも、予想通り忍人といるのは少し妬けませんか?」
 風早と那岐だった。
 急いでいる様子はないが、二人で一体何の用なのか。
「何かあったのか」
 隣で千尋も身構えたのが分かった。
 出会った時は、何も知らないただの小娘だと思っていたが、ここ最近の将としての成長は目を瞠るものがある。
 現に常世の国の王子・アシュヴィンが中つ国の味方についた。
 一時的な共闘だとしても、まさか彼女がそんな功績を挙げるなどとは思っていなかった。
「いえ、サザキがいつもの気まぐれを起しまして」
「また遊びたいとか騒いでるんだ。千尋、どうにかしてくれ」
「また?サザキはまったく・・・・・」
 彼女の困ったような、保護者のような台詞に思わず笑ってしまう。
「忍人さん、笑い事じゃないですよ!」
「いや、すまない、ついおかしくて」
「忍人が笑うのも無理ありません。これでは千尋がサザキの母親のようだ」
「母親でも姉でも何でもいいよ、あいつをどうにかしてくれれば」
 サザキに付き合うのは面倒だという心の声が聞こえてきそうな那岐だ。
 若いくせに、いつも面倒面倒と言ってばかり。
 これが軍にいたら士気を下げること受けあいだ。いないでよかった。
 その点では、まだ足往の方がいい。
「おや、母親か姉なんですか。恋人ではいけない?」
「・・・そんな話、僕が嫌なんじゃなくて、あんたが嫌なんじゃないのか?」
「ああ、確かに千尋がサザキの恋人になってしまうのは寂しいですね」
「風早!?」
 風早がからかって、那岐が食いついて、千尋が慌てる。
 いつも通りの日常がそこにはあって、それが今の俺にはどうしようもなく幸せだった。
「千尋、とにかくサザキを止めて来なくていいのか」
「え、ああそうですね。ちょっと行って来ます。カリガネがちゃんと止めてくれればいいのに・・・」
 ぼやきながらサザキの元に向かう千尋と、それに続く風早、那岐。



 彼女が隣で笑っていてくれること。
 彼女が隣で凛とした声を響かせること。
 彼女が俺を信頼してくれること。
 彼女が俺を気に掛けてくれること。

 考え出せば限がないほどに、幸せに溢れている。
 5年半前の敗戦から、ようやく見出した最後の希望だと思っていた。
 民の希望だと思っていただけの存在だったのに、いつからだろう。
 その笑顔に励まされ、その声と信頼に応えたいと強く願い始めたのは。


――――ただ隣にいてくれれば、それでいいと思ってた。





 俺の元に訪れた「死の乙女」が君でよかった。
 最後に見たものが君との約束である桜と、桜の花びらのように美しい君の(かんばせ)でよかった。
 君は俺の死で泣くのかもしれない。
 泣かなくていい、嘆かなくていいんだ。
 俺は君が隣で笑ってくれている姿が、何よりも大切で。



 そのために生きた数ヶ月だった――。




 君に面と向かって言えなかったことだけが心残りだ。


「君を愛していた」

 君を愛し、愛されて幸せだった。
 ありがとう、千尋――・・・





忍人END。泣くかと思った。
書きたかったのは前半の会話だけです。
忍人→千尋→サザキの順で保護者っぽいといい。
◇ 確かに恋だった 〜君が、笑う〜
掲載: 08/06/25