「笑いごとではないんですよ」
目の前で大きくため息をつくリブに、また笑いが込み上げてきた。
「ごめ…んなさい…っ」
謝ってはみたけれど、こみあげる笑いは止められそうにない。
「殿下の思いつきにも困ったものです。本当に困っているんですがねぇ」
「そうですね。アシュヴィンは一度言いだしたらきかなそう」
いつものように注がれたお茶に視線を落としながら、すぐに無茶を言い出す盟友を思い出した。
わがままと言うか唯我独尊というか。
あの人と一緒に居るのは、私にはちょっと難しいななんて思ってしまう。
「や、わがままなんですよ」
少し怒ったように言うリブは、それでもどこかで楽しんでいるようだった。
わがまま言われるのも、何の相談もなく突っ走られるのも、確かに迷惑ではあるだろうけど嫌ではないのだろう。
「アシュヴィン相手に、わがままって切って捨てられる人なんて、リブだけだねきっと」
そして、リブがこんな風に愚痴を言いに来る相手は、きっと私だけだ。
そう思うのはきっと自惚れではないはず。
命も忠誠も、そんなものはいらない。
リブが命を懸ける相手はアシュヴィンであればいい。
ただ、リブの想いと支えは私でありたい。
「ですが、私は殿下のわがままよりも姫のわがままを聞いて差し上げたいんですよ」
それだけ私のものであれば、私はほかに望むものなんてないんだよ?
それだけでいいのに、
「どうかしましたか、姫?」
「――ううん、何でもない」
笑ってそう言っても、少し疑うような視線が返される。
「そうですか?悩みがあるなら言っていただきたいんですけどね。もしかして茶がまずかったですか?」
いきなりそんなズレたことを言ってしまうあなたが心から愛しいんだよ。
笑顔も視線も言葉も温もりも。
なんでも与えてくれるあなたに、甘えてしまいそうだよ。
しっかりしなきゃって思う時に限って、こうして甘えれば良いと言うように、穏やかな時間をくれる。
「まずくないよ、美味しいよ。アシュヴィンが本当に羨ましいくらい」
「や、それは光栄です。姫とこんな風に過ごせる時間はあまり取れませんから」
「取りたいって思ってくれるの?」
「当たり前ですよ。殿下の部下もいいですが、何よりも安らぐのは姫との時間ですから」
さらりとそんなことを言ってくれて、それでいて涼しい顔でお茶なんか飲んでるリブを少し睨む。
私は余裕がないのに、何でこの人はこんなに余裕な態度かな!
「う、じゃあ、アシュヴィンにたまにはリブ連れてこっちに遊びに来てくれるようにお願いしてみようかなぁ」
復興の最中ではあるけれど、どうにか理由つけて来てほしいって頼めば本当に来てくれそうな気がする。
・・・さすがに無理かな。
「や、殿下にそう申し出てまで、私に会いたいと思ってくださるんですか?」
「うん」
「・・・・・・・・・・・・」
「だ、ダメかな。ダメ、・・・だよね・・・?」
「本当にわがままな方ばかりですね」
言葉は困ってるのに、口調がすごく嬉しそう。
「え?」
「姫は誰にもそんなこと言ってるんですか?」
「言うわけないよ!」
「や、それなら安心しました」
もう一杯どうぞ、なんてお茶が注ぎ足される。
「・・・姫がそう言ってくださるなら、できるだけ仕事を早く片付けてきますよ」
「え、・・・大丈夫なの?」
「どうせ、殿下が本来やるべき仕事まで回されてるんです。殿下は割りと頻繁にこちらを訪れるのでしょう?」
確かに、黒麒麟だからと言ってかなり来てくれている。
いつも盟友に会いに来て何が悪い?って言ってるけど、常世は大丈夫なのだろうか。
「姫に会いに来ているんですよ。どう理由をつけてこちらに来ているかは知りませんが、側近はみんな分かってます」
「ええっ、私!?」
「や、殿下は本当に姫を気に入っていますから」
困ったものです、と言うリブは、複雑な表情だ。
「殿下が気に入った女性があなたでなければ、私も喜んで応援も、代わりの仕事もするんですけどね」
「アシュヴィンが私を気に入るって・・・何があれば私なんかを?」
「出会いが強烈でしたからね。いい意味でも、悪い意味でも。や、私は話を聞いただけですが」
「・・・確かに」
あの夜の出会いは忘れられない。赤い月に照らされたアシュヴィンは、危険だと本能が告げる一方で、とても惹かれるものがあった。
「あの方のわがままは大概笑って過ごせるものですけど、姫に関することだけは本当に困ります」
はあ、と深くため息をつくと、
「姫が一言、私と結婚したいと殿下の前で言ってくだされば全て片付くんですけどね」
「ええええっ」
「や、私も姫のわがままには弱いですが、殿下もあなたの言には逆らえないんですよ」
ご存知でしたか?
そう言われて思う。
怒られることも呆れられることもあるけど、軍のみんなよりも私の意見を肯定してくれることが多かった。
なんでも叶えてくれようとしていた。
「や、でも忘れないで下さいね」
「うん?」
「姫を一番に愛していて、幸せにできるのは私ですからね」
プロポーズのような言葉と、そこに見える独占欲。
焦る一方で、主従でずっと一緒に居ると似るんだなと思っていた。