×
ぼくのとなりで君が、
 幼いころ。
 幼い、なんの力もない僕は、たった一人でこれからを生きて行くんだと思っていました。



「エスト!」
「っ!…ルル、そんなに大声を出さなくても聞こえます。なんですか」
 授業の合間。
 学院中の廊下は学生たちでごった返していた。
 当然僕もそんな人波に飲まれながら、中庭を横目に次の授業へと向かっていた。
 ………のだが。
 10m以上離れているはずなのに、像の前で同室だという女子と一緒にいたルルは、目敏く見つけてくれたらしい。
 …別に見つけてほしかったわけではなく。
 面倒なことになりそうだと思っただけで。
 彼女は、僕がそんなことを考えているなんて思いもつかないようで、ニコニコといつもの愛らしい笑みを浮かべて走り寄ってきた。
 ………愛らしいというのは、単に客観的に見たらそうだろうと…。
 やめよう。確かに欲目ではなく彼女は可愛らしいけれど、確実に他の男が彼女の笑みを見た時の数倍、僕の目には可愛く映っているのは分かっている。
「なんですか?」
 もう一度、尋ねてみる。
「用事があったわけじゃないの。ただエストがいたのが見えたから声を掛けてみただけ」
「…はぁ。あなたも次の授業があるんじゃないんですか」
「次はお休みなの!」
 だからこんなところで人波から外れていられるわけか。
 でも、僕はそうではないから早く移動しないとまずい。
「そうですか。では、僕は次の授業があるので」
「あ、うん、頑張ってね!」
 普通に授業を受けるだけなのに何を頑張れと。
 そう言いたいのを我慢して、
「はい。アミィもルルがうるさいでしょうけど、適当に相手をしてあげてください」
「酷い!」
 ルルの抗議も無視して、二人に一礼し次の教室へ歩き、
「あーっ待って待って!!」
 出そうとしたら、後ろから抱きつかれた。
 思い切り脱力しそうなのをなんとか気力で持ち直す。
「……なんですか。重いです」
 ……というより、肩口に顔を乗せないでください。
 近いですからやめてください。
「ね、今晩時間ある?」
「はい?…なくはないと思いますが」


 こういうとき、変わったんだろうな僕はと自覚する。
 呼び出されるのは面倒だし、ちょっとしたことでもわあわあ喜んでいるのは少しおかしいと思うし。
 でも。
 結局行ってしまうし、喜ぶ姿には苦笑ではあるけれど笑みが漏れるのは事実だ。
 以前の、彼女に惹かれる以前の僕なら絶対にあり得ないことだったと断言できる。


「じゃあ約束!今晩、夕食を食べ終わったら庭に来てね!」
「庭?」
 オウム返しに聞き返しながら思う。
 庭と言っても広いけれど、学院に通じる道がある辺りのことだろうか。
「うんうんっ。エルバート先生が作った花壇のあるところ」
「ああ…作ってましたね確か」
 別段興味はないけれど知っている。
 どうでもいいからどんな花が咲いているのか、それ以前に咲いているかどうかさえ知らないけれど。
「びっくりするもの見せてあげるねっ」



 午後の授業も終わり、各自の自由時間になると、各生徒思い思いの時間に夕食を摂ることになる。
 僕はいつも通りに、図書館でレポートを仕上げてから、夕食を摂った。
 ルルは、と探せば僕から少し離れた席でアミィとアルバロと一緒に食べているところだった。


 ……楽しそう。
 

 彼女の普段の態度を見ていれば、どう考えたって好かれていないなんて思えない。
 だからと言って、その様子を嬉しい、とは素直に言える性格でもない。
 ………ルルも、僕なんかじゃなくラギやユリウスを選べばよかったものを。
 そう思わずにはいられない。
 僕に構ってくるのは鬱陶しいけど嬉しいし、彼女の笑顔が僕に向く瞬間が何よりも愛しいと思う(絶対本人には言わないが)。
 でも、僕には返せるものがない。
 アルバロと僕以外なら、誰でもいい。
 彼女を幸せにできたんじゃないかと思う。特にラギなら異種族とは言え、大切に扱われるだろうし、ユリウス…彼は魔法以外のものを優先するところがあまり想像できない。でも、ルルだったら彼の興味を惹くし、両立されるはずだと思える。
 それに比べて僕は、彼女を不安にさせるか危険に晒すかだ。

 暗く堕ちて行きそうな思考を止めようと、3人から視線を剥がす。
 ルルが庭で待っていてくれと言っていたのだから、とにかく行かなければ。


―――夜は冷えるだろうか。





 庭に出ると、既にルルは待ってくれていた。
「ルル」
「! エスト!!」
 これを「花のような」と形容しなかったら何を形容すればいいんだ、と思うほど華やかで可憐な笑顔。
「ルル…夜なんですよ。消灯時間にはまだ時間はありますが、少し声を落として…」
「ごめんなさい、でもね来てくれてすごくうれしくてっ」
「来ると言ったんです。さすがにあなたとの約束は破りません」
 破れるはずがない。
 ルルとの約束は絶対に違えられない。
「………」
「? どうかしましたか?」
「今、笑ってくれたのが…」
「っ」
 笑っていた…だろうか。意識したら急に頬が火照るのが分かった。
 釣られたようにルルも少し頬を染める。
「えへへ、あ、えっとね、今日呼んだのは―――」




―――はら……



 視界の端に光の粒が降った。
「え……?」
「ああっ!」
「なんですかルル?」
「アルバロー!?あれだけ約束したのに!」
 視界の端に映った光は、少しずつ大きさを変えて辺りに降り注ぐ。
 白、薄い赤、青、緑、黄――――様々な色の光が淡く光って降ってきた。
「もうっ……。あ、ね、エスト。感想は?」
 ニコニコと、先ほどまで憤慨していたなんて感じさせないほどの笑顔だ。
「これは光属性の魔法ですか?」
「そう!アルバロにエストを驚かせたいんだけど何かないかな?って聞いたら、こうして光を降らせてくれるって」
「驚いた、というか」
 正直、この程度の魔法は驚くには値しないし、何度か聞いたことのある話でもある。ただし、
「これは男の側が自分の恋人に贈るプレゼントだと思いますが」
 今まで聞いた話で、さすがに女性の側がこれを贈ったのは聞いたことがない。
「アルバロにも言われたけど、贈りたい喜ばせたいって気持ちはどっちも変わらないと思うの。だから、アルバロに協力してもらったのよ?」
 ルルの属性は闇。
 光属性も多少は持っているから使えないことはないのだろうけど、やはり苦手らしいとは聞いていた。
「……だから、さっき一緒にいたんですか?」
「ん?」
 降り続けている光を捕まえようと、手のひらを目一杯ひろげているルル。
「さっき、食堂でアルバロと一緒にいたでしょう?」
「見てたの!?聞こえてた!?」
「いえ、話は聞こえてませんが」
 3席も先の話は聞こえないような煩さが当たり前の食堂では、さすがに話の内容までは聞こえない。
「でも楽しそうだなと思」
 不自然に言葉が途切れたのは、
「よかったぁ…」
 ルルの安堵のため息と、ふわりとした微笑みのせいだ。
「エストにね、ビックリしてもらいたかったの。どうしても」
「……そうですね、驚きました」


 驚いたと言うか何と言うか。
 やっぱりこの程度、魔法だけを見たら驚く価値はない。
 アルバロに協力してもらったというけれど、いくら苦手でもこのくらいルルでもできるはずだ。
 でも、ルルがそこまで僕を気遣ってくれたということの方に、驚いた。


「僕は、そんなにあなたに心配をかけていましたか?」
「え?」
 今度はルルが驚く番。
 ぽかんと小さく口を開けて驚いている。
「僕を驚かせて、少しでも『組織』のことを忘れてほしい、ってことではないんですか?」
「…………エストはなんでも私の考えてることは分かるの?」
「質問に質問で返さない。賢くないと思われます」
「でもでもっ―――」
 質問に質問で返すのは失礼だとは言いつつ、ルルの場合は質問が答えになってしまっている。
 ルルが僕のことに頭を悩ませているなんて考えたことはなかったけれど、彼女なりに必死に考えてくれた結果なんだろう。


「ルル。ありがとう」


「―――いきなり確信突かれたら…って、エスト?」
「今度は思ってもみなかった、みたいな表情をしていますよ。僕がお礼を言うのはそんなにおかしいですか?」
 少し不機嫌そうな声でわざと言ってみれば、髪型が崩れそうな勢いで頭を左右に振る。
「ち、違うのよ?ただあんまり言われ慣れてなかったから驚いちゃっただけで…!」
「別にいいですけど。…さ、どこかに隠れているらしいアルバロにも悪いですし、そろそろ戻りましょう。やはり冷えるようです」
 ここに来る前に部屋に寄ってしっかり着込んだつもりだったけれど、夜はどうしたって冷える。
「エスト寒いの?」
「寒いですよ。あなたからの誘いじゃなかったら、古代種相手でも絶対に来ませんでした」
「ふふっ、じゃあ暖めてあげるね!」
 言うが早いか、
「ちょ…っ、ルル!?」
 ぴょん。そう形容するのが一番近そうだ。
 本当にぴょんと正面から飛びついてきた。
「何やってるんですか!」
「何って…こうすればあったかくない?」
 ニコニコと僕の肩に顔を乗せて満足そうにしている。
「あったかいとか寒いとかそういう話じゃなく…!」
「違うの?」
「違いますよ!」
「そうなの?」
 よく分からない。彼女はそんな表情を浮かべている。
「――――――………もういいです」
 諦めて脱力して、彼女がそうしているように僕も彼女の背に手をまわした。
「!」
「…なんで今動揺したんですか」
「え、だって、」
「お礼、用意できませんでしたから。これくらいはします」
 言って少し考える。
 これくらいはします、じゃない。
「間違えました、」




―――――させてください、ルル。




 クリスマス企画の1つです。
 書くつもりはなかったのですが、FDPVの可愛さにやられて
 うっかり書いてしまいました。
 そしたら公式でクリスマスっぽいSS上がってるのね!
 クリスマス関係なさそうに書いたのにな!(笑)
確かに恋だった 君が、笑う
掲載: 2009/12/27