朝。
これ以上ないくらい、嫌味なまでに晴れ渡った空。
何だ、これは。
今の俺の心境に対して、ケンカを売っているんだろうか。
と、自然相手に意気込んで腹を立てても仕方ない。
どれだけこちらの気分が悪かろうと、相手はお構いなしだ。そして、俺自身も、晴れていようが、曇っていようが関係なく腹立ったに違いない。
最愛の相手を弟に掻っ攫われて数ヶ月。
未だにその相手を忘れられない自分に、ここまでの感情があったのかと驚いた。
確かにこれ以上ないほど愛した相手ではあったが、これほど想い続けることになろうとは。いい加減、未練たらしい自分自身が許せなくなってきそうだ。
「風。どうしたの、大丈夫?」
「疲れてるんだろ、実験の連続で。放っておけよ」
「なんでそんなこと言えっとね?」
朝からまたお前たち揃っての顔を、なぜ見なければならないのか。
いきなり留学先から呼び戻されたと思ったら、呼び戻した本人のお祖母さまは忽然と消えた。栄吉とともに。訳が分からない。
「お祖母さまもいなくなったことだし、別に戻っていいんじゃねーの、風は」
「はいそうですか、って戻れるか。戻りたくもないのに戻ってきたんだ。なんで呼び戻されたのか、説明だけでももらわないとやってられない」
「戻ってきたくなかったの?」
キョトン。
そんな表情で桐子が訊いて来る。
凪が思わず、と言った風に笑顔を引き攣らせた。
俺はと言えば、ため息さえつけずに呆気にとられる。
なぜ、そんな問いがでてくるのか。
「桐子・・・・・・・俺は、仮にもお前に振られたはずなんだけどな。忘れたのか?」
「へっ?」
「今まで誰にも振られたことなんてなかった俺が、振られたんだ。それなりに傷つくだろう?」
うっと詰まった表情。
あの時、凪を必死に追いかけたあの時。
確かに凪だけを想うと決心したに違いない桐子。諦めるしかないと分かっていても、桐子を想う気持ちは今も止められないままだ。
何度も振り払おうとした。
今まで通り、他の女で十分だと思った。他の女に、桐子の影を見出せれば、しばらくはそれで我慢できると思っていた。
色々試したが。結果。
桐子がいいのだと言うもっともな結果を突きつけられて終わった。
こんなことは桐子にも、もちろん凪にも一生言うつもりなんてない。
桐子が選んだのは凪だ。なら、引き際だけでも弁えて、格好をつけたって構わないだろう?
「まあ、傷ついたのなんてその時ばかりで、いまはアメリカで楽しくやらせてもらってるよ。鹿苑寺も凪が継いでくれることになって、俺としては願ったり叶ったりだったしな」
「あはははは、風は本当にこの家を継ぎたくないんだね」
そこで、すぐに笑顔になる桐子はやっぱり気楽過ぎるんじゃないか。
考えることができないのが桐子だとは分かっているが。
「そうだ!朝食、まだ済ませてないんだ。風のアメリカの話でも聞きながらさ。食事にしようよ。お祖母さまがいた時は、アメリカの話なんかできなかったでしょ?」
「だな。ずっと風の縁談話で持ちきりだったし」
「別にいいが、面白い話なんてないぞ? 大体、わかるのか俺の研究」
馬鹿にしたように桐子に言ってみれば、うっと詰まる桐子。
そんな様子を楽しげに笑う凪。
どこで間違えてしまったんだろう。
どこで俺たちは間違えてしまったんだろう。
―――いや、俺は、どこで間違えたんだろう。
出逢いは最悪だった。
脅されて。
無理矢理連れてこられた彼女は、子ども過ぎて話にならないとすら思った。
連れてきてしまったのだから、仕方ないと利用し始めたら・・・・・・・情が移ってしまって。
そこからは転げ落ちるように、彼女に恋した。
彼女を守る。
守るよ。
嵐からも。
鹿苑寺という家からも。
そう告げたことを覚えているだろうか。
目の前で笑う彼女は、本当に幸せそうで。凪を見て笑う彼女は、俺を見るときとは違う笑みを零していて。
どうしていればよかったかなんて分からない。
どこかで何かを変えていれば、変わった気もする。変わらなかった気もする。
なあ、お前はどう思う?
そう訊きたくて堪らなかった。
俺と凪は違いすぎるところがありすぎて、でも、似ている部分も多すぎて。どこがどう違うのかが分からなくなっている。
「かーぜ?どうしたの、ぼうっとして」
「――――いや。なんでもない」
「ほら、座って座って!――――はい、これスキでしょう?」
「あ、ありがとう」
目の前に差し出された紅茶は、確かに俺の好きなヌワラエリヤ。
覚えていてくれたのかと、少し驚いた。
「ええっと、ぬ、ヌワなんとかってやつよね?」
「くっ」
「ぷっ」
桐子の無邪気すぎる発言に、俺と凪が噴出した。
「ちょ・・・ッ!笑わんでよ!?ややこしい名前のこのお茶が悪いんでしょー!?」
「お前こそ、茶のせいにすんじゃねーよ」
笑いが収まらないまま、凪が注意する。
「これ・・・く、これは・・・・」
笑いすぎて、俺も言葉が出てこない。
「仕方ないじゃない!紅茶で知ってるのなんて、ダージリンとアールグレイくらいのもんよ、どうせ!味の違いもイマイチ分かってないわよ!」
「ほら、怒るな、怒るな。な?可愛い顔が台無し」
「っ!凪!?」
顔を真っ赤にして凪をキッと睨みつけている。
そんな表情を見せる相手も、凪だけなんだろう。
「もういいっ」
そう言うと、自分の分にと注いだ、味がよく分からないと言っていたアールグレイに口をつけた。
「味、分かるか?」
また馬鹿にしたように聞くと、俺にも睨みつけてきた。
「分かりますー!ダージリンでしょ!?自分で入れたんだから、そのくらい分かる!」
「ばか」
「あほ」
また一気に噴出す俺たち。
「これは―――――アールグレイだろう?」
桐子の手にしていたカップを取り上げて、一口。
にやりと笑って見せれば、絶句する桐子と、「風!」と怒鳴ってくる凪。
これくらい、許されると思わないか?