まぁたさくらがドタバタやってる。
2階の自室で大暴れしているのは、中学に入った今でも変わらない。
ここで微笑ましい、なんて思えないのは、このドタバタがいつもは隣で起こっているからだ。
夜、課題レポートやってる時にでもお構いなしに隣から聞こえてくる騒ぎはイラつくどころの騒ぎじゃない。
「さくらさんは今日も朝から元気だね」
「あいつ、そろそろ中2になるってのに、まだ小学生並みじゃないのか?」
父さんはそれには答えずに、いつもの笑顔で朝食作りに戻った。
俺もそうするか、と食器に手を伸ばすと、さくらが階段を駆け降りる足音が響き、
「お兄ちゃん、お父さん、今日帰って来るの早いんだよね!?」
唐突な問いに、一瞬父さんと思わず顔を見合せてしまう。
「うん?今日は学生が何人か試験のことで来ることにはなっているけど、早く帰って来れそうだよ」
「俺も、クリスマス本番は店長が気遣って空けてくれたな」
「そ、そうなんだ?」
店長が気遣って空けてくれた、って言葉に分かりやすく動揺したさくらに突っ込もうかとしたが、止めておく。父さんのいる前でからかうのも面白そうだが、可哀想だとユキに怒られそうだ。いや、この場合は「月」ってやつか?
「で、それがどうかしたの?」
「今日、クリスマスでしょ?昨日はお兄ちゃんもバイトだったし、さくらも知世ちゃんたちと出掛けちゃったから、今日は3人でパーティしないかなと思って」
いい思いつきでしょ?と言わんばかりに得意満面だった。
父さんは父さんで、学生が何時に帰って、会議が何時まであって…とぶつぶつ確認してるし。
「8時には帰れると思うよ。僕は今日は午前中に講義があってパーティの用意はできないんだけど…」
「いいよ!さくらが言いだしたんだもん。さくらやるから!」
「でも一人だと大変だよ?大丈夫、さくらさん?」
さくら一人に任せられるはずがないのは分かってて言ってるだろ、父さん。
どうしたって恨みがましく思ってしまうのは仕方ないはずだ。
「―――………わぁかったよ。俺も手伝う」
こうして、今年も例年通りのクリスマスパーティが決まった。
「サラダも作るからー…レタスと、トマト、生ハム、玉ねぎ…っと。あと何だっけ?」
「あぁ?キュウリとニンジンじゃねーのか?」
「そうだった!ありがと!」
ケーキを焼く時間はないだろうって結論に行きついたのはいいが、夕食くらいは全部作りたいというさくらの主張で、近所のスーパーに来ていた。
帰りの荷物持ちのために、俺も付き合うはめになっている。
隣でわーわー言いながらも笑ってるさくらを見ていられる時間は…嫌いじゃないし、別に用事もなかったんだからいいか。
―――桃矢って本当―…
「……うるせぇ」
「ほえ?なあに、お兄ちゃん」
「なんでもねえ。嫌なこと思い出しただけだ」
「ふぅん?ならいいけど…」
ユキに昔何度となく言われた言葉を思い出してしまった。
シスコンじゃないシスコンじゃないシスコンじゃない。シスコンなんてレッテル貼られてたまるか。
半ば自覚があっただけに悔しくて、楽しげにからかってくるユキを何度睨みつけたか分からない。
そうしたところで、また笑わせるだけなのがムカついて、そのうち無視を決め込んだけれど。
昔のことを考えても仕方ない。
まずは買い物を済まさないと。
そう思って、カゴを持ち直した時、
「あれ、さくらちゃん?桃矢?」
「雪兎さん!」
「ユキ」
「二人で買い物?クリスマスだから、二人でパーティかな?仲いいね相変わらず」
からかうような口調で聞いてくるのは、いつものことなのでいいとして、内容だけは面倒でも訂正してやる。
「違う。父さんも今日は早いって言うから、3人でパーティだ」
「そうなんだ?良かったね、お父さん早く帰ってきてくれて」
「はいっ!あ。もし時間あるんでしたら、雪兎さんも一緒にどうですか?」
「僕も?」
きょとんとしたようにさくらを見て、次に俺に窺うような視線を向けてくる。
「別に、今さら遠慮することないだろ?しょっちゅう遊びに来てるんだし」
「いや、まあ、そうなんだけど」
「数多い方がパーティらしくなるし、さくらが来てほしいって言ってるんだから来ればいいんじゃねえの?」
「そっか。うん、じゃあお言葉に甘えて。その代わり、僕も荷物持ちは手伝うよ」
「お父さん遅いね」
8時はとうに過ぎて、そろそろ30分は経とうとしていた。
「ケータイには出ないし、どこかで事故ったんじゃねーだろうな…」
「そんな!」
「桃矢!そんな不安がらせるようなこと言わなくても…」
さくらからは不安げな、ユキからは責めるような視線を向けられて、思わずため息が漏れる。
「……先に食っちまうか。事故ったって言うなら何かしら連絡あるはずだし。ないってことは単に仕事が長引いてるだけだろ」
「うん、普通に考えたらそうなるよね」
でも、と不安そうなさくらにユキが笑いかける。
「大丈夫じゃないかな?今までもどうしても忙しくて連絡できないってとき何度もあったし」
ユキにそう言われると、少しは不安が和らぐらしい。
ようやく少し笑顔になる。
「はい…大丈夫ですよね」
「よし。じゃあ、いただきます」
「うんっ、いただきまーす」
「じゃあ僕も。いただきます」
もうそろそろ夜12時を回ってクリスマスが終わろうとする頃。
「さくらちゃん、よく寝てるよね」
結局、さくらは待ちくたびれて11時にはソファで撃沈し、父さんからは3時間以上遅れての11時半にようやく「今晩は抜けられない作業が入ったから大学に泊まり込むことになりました」と申し訳なさそうな電話が入った。
「テンション高かったからな。仕方ねーだろ」
「そうなんだ?」
そう言うと、ユキはソファで横になるさくらの傍に腰掛ける。
さくらを起こさないように、軽く触れるように髪を梳く。
「…………おい」
「ん?」
「それやってるのはユキか?それとも『ユエ』ってやつの方か?」
ユキなら許すが、もう一方なら…
殺気立つと、ユキはニコッと笑うとパアッと光に包まれ、何度見ても見慣れない姿に変化する。
「俺だったらどうすると?」
「俺の妹に触んじゃねえよ」
「お前の妹であると同時に、俺の主だ。触れなければ守ることもできない。お前が雪兎に力を与えたのは、主を守るためだと思っているが?」
「さらっと考えてもねえこと言うなお前は」
俺はユキに消えてほしくない、と言ったことがある。
ユキも覚えてるだろうし、目の前のこいつだってもちろん覚えてるはずだ。
それをぬけぬけとよく言う。
「―――少し、聞きたいことがある」
月はいつも無表情だが、さくらが絡むと少しは表情に変化が出る。
今もそう。無表情なのは変わらないが、暗く翳っているように見える。
「…主は、大切だ」
「はぁ?」
唐突な台詞に、思わず眉間に皺が寄るのが分かった。喧嘩売られたのか俺は。
「クロウに創りだされ、別れ、そして今の主に出逢った。―――主が好きなんだろうか?」
沈黙が下りる。
どれだけの時間が経ったか分からないが、沈黙の末にようやく出た言葉はこれだった。
「………………………お前は。そんなに。俺に。殺されたいのか?」
唐突な問いかけがアレだったのだ。喧嘩を売ってるようにしか聞こえない。脈絡のなさが拍車をかけている。
「好きだろうか」が忠誠心や親愛の情のことを聞いているなら、こんなに思いつめたような表情では聞いてこないだろうと判断していいのか。
恋愛感情の話を聞いてるのか? ってことは、やっぱり喧嘩売ってるんだよな、とそこまで一気に考える。
「俺は主を守らねばならない。悪いが、お前に消滅させられてはたまらないし、お前では無理だ」
「うるさい、兄を目の前にしてよくそんなこと言えるよなお前、そんなキャラじゃねえだろうが!それ以前に!真面目な顔してっから何かと思ったらくだらないこと言いだしやがって!」
「があがあ喚くな。主が目を覚ましたらどうする?」
「……っ」
「ふぇ、お兄ちゃん…?」
「さくら?」
これ見よがしに溜息をつく月を無理やり視界から追い出して、さくらの視線に合わせるように床に膝をつく。
「この気配…月さんもいるんですか?」
「ああ」
「もしかしたら会えるかなって、ちょっと期待してたんです」
眠そうな声で、醒めきっていない瞳で一生懸命に月の姿を捉えようと頑張っている。
そのことに気付いたのか、月も俺の隣に並んで屈む。
「あ。」
さくらが何かに気付いたように、身を起こす。
「おい。寝てろって。ガキはもうとっくに寝てる時間だ」
「さくらガキじゃないもん!」
不貞腐れたように頬を膨らませるが、それも一瞬のこと。
次の瞬間には、満開の桜も色褪せて見えると確信できるほどの笑顔だ。
「お兄ちゃん、月さん、メリークリスマス!」
言いたいことだけ言ってまたさっさと寝付いてしまったさくらを部屋まで運び、夕食の片づけをしにリビングに戻ると、先ほどまでさくらが寝ていた場所に手を置いて、何かしら言っている月の姿があった。
「気味の悪いことしてんじゃねーよ」
「…別に、なんでもない」
「何でもなくて、さくらが寝てたところに撫でて何かしら呟いてたら気味悪いだろうが普通」
「別段不審な言葉を呟いたつもりはないが」
「聞きとれないって話だよ」
月は不思議そうに首をかしげたが、ようやく合点が言ったというように、ああと呟く。
「シェンダン クァイルー、と言ったんだ」
「……日本人は普通中国語は習わないんだ」
「そう言われても、クロウは中国人だった。俺は日本語よりも中国語の方が分かりやすい」
「どうでもいい。で?なんて意味なんだ?」
面倒だが気になるものは気になる。
月はなんとも微妙な表情で首を振る。
「日本語でどう訳されるものなのか、俺は知らない」
「はあ?」
「ずっと昔、クロウの生きていたころにキリストの誕生を祝う日によく言われた言葉だ」
「なんだそれ?」
今度こそ面倒になって、匙を投げる。
月も同じだろう。
一度天井を―――2階のさくらの部屋を―――振り仰ぎ、すうっとユキの姿に戻る。
「あれ?僕またあの姿になってた?」
「……ああ。謎な言葉とむかつく言葉だけ残してお前に戻りやがった」
「あはは…えーっと、ごめんね桃矢」
何が悪いかも分かっていない癖に謝るなと言いたくもなるが、諦めて溜息だけつく。
「あー…えーっと、ああ!もうすぐクリスマスも終わりだね。今年はさくらちゃんにプレゼント渡してないけど…ちょうど明日は土曜日だし。さくらちゃん誘って出かけてきていい?」
「…………それはユキ自身の言葉だよな?」
「何のこと?」
先ほどの月の言葉のせいで、ユキの言葉さえ疑いたくなる。
………本気で妹に手出したら承知しねえぞ。
「…いや、なんでもない。さくらさえいいって言えば、いいんじゃないか?俺はバイトだ」
「またなの?本当頑張るね。それはともかく、さくらちゃんは部屋?」
「ああ。さっき上あげてきた」
「そうなんだ」
そう言うと、月と同じ動作で天井――さくらの部屋のある方を振り仰ぐ。
こういうところがユキと月は同じで、どれだけ時間が経っても混乱しそうになる。
「メリークリスマス、さくらちゃん」