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距離
 お祭りムードの続くメイン会場をいち早く離れたのは、仙堂だった。


 納涼イベントなどという毎年続く伝統行事。
 なぜか「伝統なんだから仕方ない」で全てが片付くここでは、やはり「伝統」と言う言葉で今年も納涼イベントが行われた。
 メイン会場のLクラス生は、Bクラス生の用意した夢のような催し物の連続に酔いしれ、Bクラス生はLクラス生を満足させるためにこれでもかと準備を重ねてきた。
 実力主義で選び抜かれてきたBクラス生が催すイベントが、楽しまれないわけがない。
 イベントは最高に盛り上がり、たった今、代表である伯王の胴上げで幕を閉じた。
 今日は夜も遅い。
 イベントの飾りつけは明日一日で撤去され、食器などは一部の実行委員の指揮のもと、業者によって今夜一晩で片付けられることだろう。
 今回、その「一部の実行委員」には仙堂は入っていなかった。
 伯王も入ってはいないが、代表という時点で実質は組み込まれたも同然で、結局は会場に残ることになりそうだった。

(明日の段取りを、先に片付けておくか)

 この後も仕事が残る伯王に明日の段取りまでは任せられない。
 会場の撤去指示は、仙堂に任されていた。
 細かな指示まで考えておかねばならず、伯王の胴上げにも加わらず会場を後にした。
 仮に撤去指示の仕事がなかったとしても、参加することはなかっただろうとは思うが。
 そんなものに参加したら、場の空気が一気に氷ることは請け合いで、伯王も大人しく胴上げなんてされなかっただろう。
 間違いなく落とされる。さすがに痛いし、みっともない。


 ともかく部屋へ戻ろう。
 足早に寮へと戻る道を辿っていたところに、駆ける足音が聞こえた。
「・・・誰かいるのか?」
 足を止め、振り返る。
 この時間、イベントの終わりが告げられたと言っても、まだまだLクラス生もBクラス生も帰る素振りなんて見せていなかった。
「いた! 仙堂君、足速すぎるよっ」
「氷村様・・・?」
「はあ、ようやく追いついた! いきなりいなくなっちゃうんだもん、探すの大変だったよ」
 Bクラス生の人に聞いて、ようやく見つけたんだよね、といつもの笑顔だ。
 対照的に、なぜ探されていたのか分からない仙堂は眉を顰めるばかりだ。
「何か問題でもありましたか」
 代表が伯王なのは知っているのだろうし、何かあったら伯王に言いに行くだろうとは思いながらも、一応聞いてみる。
「問題?なんにもないよ?」
「でしたら、お嬢様が私に何の御用でしょうか」
 神澤が見つかりませんか?
 そう言うと、今度は不思議そうに首を傾げられる。
「ううん、違うよっ。 これ、『お疲れ様でした』ってことと、『私たちのためにありがとうございました』ってことで」
「これは・・・・?」
 Lクラス生のお嬢様方で、Bクラス生のために作ってくれたものとはまた違うラッピングだった。
「マフィン、作ってみたんだよね。甘いもの大丈夫?」
「それは平気ですが・・・」
「よかったら受け取って。ね?」
「ですが、これは本来神澤にこそ贈られるべきものでは?」
「伯王に?」
 意味が分からないというようにされると、こちらも戸惑うが、贈られるべき相手はイベントを成功させた神澤ではないか、と仙堂は思う。


 途中、効率が悪いと思って進言したこともあったが、結局は神澤のやり方で成功した。
 Bクラス生の弱音を、一気にやる気へと変えたのも神澤の行動力と発言によるものだろう。
 それなのに、なぜ自分がこれをもらうのか理解できない。


 そう言う仙堂に、良がようやく分かったというようにニコッと笑う。
「うん、伯王が頑張ってくれたのはすごく分かってるよ」
「ならば、これは神澤に渡してあげてください」
「でも、仙堂君も私たちが楽しめるようにって、伯王のやり方に従ったんでしょう?」
「…はい?」
 このお嬢様は何を言い出すんだ。
 いつも何故か予想もしないことを言われる。
「最後、胴上げされたのは伯王だったけど、代表が仙堂君でも同じように胴上げされてたんじゃないかな」
「神澤のやり方だからこそ、成功したのだと思いますが?」
「珍しいね、伯王ほめるようなこと言うなんて。仲良くなったの?」
 それなら嬉しいなっ。無邪気に笑う良に、これ見よがしにため息をついてみせる仙堂。
「え・・・っと、違う?」
「『仲良く』などありえません。ただ、評価すべきところを正当に評価したまでです」
「そ、そっか」
 苦笑する良だったが、とにかく、と話を戻す。
「それは、仙堂君に感謝の気持ちを込めて焼いたものなんだよ。――Lクラスのためにここまでしてくれて、本当にありがとう」
 いつもと変わらない笑顔のはずなのに、妙に印象に残る、それほどに綺麗な笑みだった。



「神澤」
 翌日。
 毎朝冷戦状態の伯王と仙堂。
 今朝もそのはずだったのだが、その均衡を破ったのは仙堂だった。
 すわ大戦か。
 これから起こるかもしれない舌戦に、クラスメイトは一様に身を硬くした。
「何か?」
「昨日、彼女から頂いた菓子なんだが。礼を言いそびれた。伝えておいてくれないか」
「はあっ!?」
 昨日の菓子ってなんなんだ。
 そんな話は聞いていない伯王が声を荒げる。
「菓子って、氷村が?仙堂に?」
「ああ。ありがたく頂きましたとも伝えておいて貰えると助かる」
「俺はそんな話聞いてないが?というか、なんでお前に氷村が菓子を渡すんだ?」
「話す必要がないと思ったんじゃないか?」
 しれっと答えれば、当然伯王が怒るのは分かりきったことだった。
 伝言だけ頼むと、そのまま伯王の存在を無視するが如く、教壇に立つ。

「これから撤去作業に移る。説明は一度しかしないから、各自メモを取るように」

(「なんで」?それはこっちが聞きたいくらいだ)
 イベントの礼だとは聞いた。
 だが、いくら彼女でもBクラス生全員にマフィンを振舞うなんてことはないはずで。
 それなら、なぜ伯王だけにしなかったのだろう。
 それ以前に、さきほどの話し振りだと、あのマフィンは仙堂だけに渡された物のようにも聞こえる。


 昨晩のメイン会場であった中庭の方々から、次の指示を仰ぐ声が聞こえてくる。
 それに応えるように、次々と作業を見てまわる仙堂。
 だが、一箇所で足を止めた。
 ちょうど昨晩良と会った廊下が見える場所が中庭には一箇所だけあった。
 廊下を見つめながらふと思い返す昨晩のこと。


(――なぜだろう)
 なぜ、彼女は私だけに持って来てくれたんだろう。
 彼女の訳の分からない行動には、専属をした数日間も振り回された。そして、離れた今もそうだ。
(それに、)
 彼女の最後の笑顔が忘れられない。
 いつも見ている笑顔と何が違ったのか分からないが、それがなぜか自分にだけ向けられているもののような気がして、少しだけ驚いたのかもしれない。
(彼女はいつも分からないことだらけだ)


 彼女が訳の分からないことばかりするから。
 だから、きっとそのせいだ。
 不意に、彼女のことをもう少しだけ知ってみたいなんて思ってしまうのは。




 すいません、1回読んだだけの勢いで書き上げてみました。
 伯王だけがあんなに持ち上げられてて、仙堂の扱いが可哀想…と思ったので。
 仙堂だって頑張ってたじゃないか!伯王もすごかったけど!
月の咲く空 これからの二人に30のお題
掲載: 08/09/15