「最近、ずっと俺のこと見てる気がするんだよな…」
「冗談!おれだろ?」
「いやいやいやいや、落ちつけよ。今だってオレの方見てるだろ」
不毛な先輩たちのやり取りを聞きつつ、密かに加地は嘆息する。
(俺の自意識過剰ってことじゃなく、あいつが見てるの俺だから。)
あの怪しげな『ホテル・ウィリアムズチャイルドバード』から引っ越して早4年。
加地と華乃子は、地元の公立中学へと進学していた。
加地はそのままサッカーを続け、1年ながら公式試合にもフル出場させてもらえるほどには、メンバーの中心にいた。
華乃子と言えば、まだ女子のなかに馴染めない感はあるが、それでも友人もそれなりに出来、相変わらずの可愛さで男子からの人気はそれなりに高かった。
今も加地の隣で騒いでいるのは、サッカー部の先輩で、華乃子を入学当時から追いかけてる部類の人たちだった。
もちろん、昔からの癖で鼻もちならないことは言うので、反感を持ってる人間も男女問わずいるのだが。
「おい加地!」
「え、あ、はいっ」
呼びつけてきたのは部長。
先ほどの3人とは違い、華乃子のみならず、割と『派手』だと言われる女子全般に厳しいことで有名な3年生だった。
「なんですか?」
「あそこにいる子、お前の妹だろ?」
グラウンドの隅で、数人の女子がサッカー部の練習を見学していた。
見学というか、声援を送っているというか。
とにかく、その中に華乃子も交じっていた。
「妹っていうか義妹っていうか……」
頑なに「義理」を強調する加地に対して、加地の母親はいつもいい顔をしない。
――華乃子ちゃんの何が気に入らないの?
あいつを気に入らないだなんて誰が言った?
――梢太は何がそんなに嫌なの?
「兄妹」ってことが嫌なんだ。
――この結婚自体に反対だったの?
ある意味反対だったよ最初から!
言ってやりたいことは加地なりに多いけれど、いつも我慢して笑顔でいたのだ。
それに。
まず、華乃子自体が加地との関係を「義理」だと強調してくる。
まずそっちを問い詰めろと言いたい。
が、母親は華乃子には砂糖菓子よりも甘い態度で接するせいで、何も言えやしないのだ。
『義理の兄妹っていいわよね!』
最初に華乃子からそう言われたのはいつだっただろうか。
きっと、両親が再婚してすぐだったように思う。
義理の兄妹を題材にした少女漫画を愛読していたのだ。
一番に思ったのは『悪趣味』。
他人の話なのだから、どうでもいいとは思うが、改めて考えると自分と加地の関係性そのものなのに、そこに良さを見出すのはどうなんだ。
そして、いつも兄妹ものは面白いと言いながら、加地の想いに気づく様子は全くない。
そこら辺、もう少し何か気付いてもいいだろうと突っ込みたいが、母親に似てか惚れた弱みか、何も突っ込めずにいる加地だった。
好きな子の妄想には、こちらに実害のない範囲では付き合ってあげたいと、加地なりの愛情で接していた。
「義妹っていうか…なんだよ?」
「あ、いえ、なんでもないです…」
で、それがどうかしましたか。
改めて問い直す。
「応援するなとは言わない。だが、練習の邪魔になるほどの声援はいらない。特にお前の妹の声援が大きすぎる」
それは―――確かに。
頑張れー!の言葉しか言っていないが、確実にそれは加地に向かっていた。
一部の人間には伝わっていないが、間違いなく加地のための声援だった。
部長はしっかり分かっているらしい。
「黙らせろ」
「はぁ…。でも、あっちの先輩方は嬉しそうにしてますが?」
勘違いして騒いでいる先ほどの3人組を示すと、深いため息が部長から漏れる。
「だから黙らせろと言っている。俺が言っても聞かないし」
それは本当にすいません後で言って聞かせますから。
「あと、あの髪型。ガキっぽすぎだろ。他人のことながら、見ていて恥ずかしいくらいだ」
「はい?」
「だから、髪型。あんなリボン、制服に合わない。少しは考えさせたらどうなんだ?」
そう言われて、華乃子の方を振り向く。
昔からしていたように大きなリボンを未だにしている。
赤くて大きいせいでよく目立つ。
漫画の世界じゃないのだから、目立つことは目立っていた。
加地が振り向いたことで、少し笑いながら華乃子は加地に軽く手を振る。
―――可愛い…っ!
浅井有生という画家に片思い(と言うほど本気ではなかったと思うが)していた頃には考えられない動作だ。
あの“華乃子”が、加地に笑いながら手を振る。
数年前は考えもつかなかったようなことだ。
今はしょっちゅうあることだとしても、その度に加地は幸せを噛みしめていた。
ただひたすらに可愛かった。
それに、部長はああいうけれど、あの特徴的なリボンだって似合っている。
子供っぽいかもしれないけれど、似合っていればいいと思うのだ。
「似合ってないですかね?」
「似合ってないと思うが?」
「でも、俺は可愛いと思いますし、あいつも気に入ってますし、いいんじゃないでしょうか」
校則違反もしてないし。
………まあ、肩よりも髪が長くなったら縛るようにという校則は無視しているが、そのくらいはいいと思う。
「………惚れた欲目ってのは、こういうのを言うのか…」
「はい!?」
「いや…お前に言った俺が悪かった。お前も苦労するよな。安心しろ、義理なら結婚もできるから」
「なんで華乃子と同じこと言いますか。それに、いつ俺があいつを好きだと!?っていうか、何の話ですかそれっ」
「こう…なんていうか、ダダ漏れだよ、お前。これに気づかない妹も凄いな」
バレてるのか!?
そんなに分かりやすいのか俺!?
そりゃ可愛いと思った時は言うようにしてるけど、それは家族の範囲だろ!?
――って、そうじゃない。待て待て待て待て。
「俺…さすがにまだ死にたくない…」
「何言ってんだ、加地?」
ニャーと猫の鳴き声がしたのは、気のせいだったのだろうか――……。