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変わらないのは人ばかりじゃない

 中つ国との戦が終わり、ようやく情勢が落ち着き始め、まだまだ不安定だが民も段々不安を感じずとも生活をできるまでに回復した。
 常世の国と中つ国。
 俺たちの結婚が、ここまでの成果を挙げるとは思っていなかった。
 そして、俺があいつを――千尋をここまで大切だと思うことになるとも思っていなかった。



「アシュヴィン、お疲れ様。疲れはどう?一晩寝たら取れた?」
「ん?元々そんなに疲れていたわけじゃない。大丈夫だ。心配性だな」
 朝食を済ませ、何とはなしに二人で廊下を歩いていると、心配げに覗き込まれた。
「ならよかった・・・けど、心配性は余計!」
 昨日はほぼ一日中地方の視察があり、帰って来たのは夜遅くだった。
 それでも部屋で必死に待っていた千尋を抱きしめたくはなったが、采女が控えていたので止めておいた。
 確かに千尋の傍にずっと着いていてくれるのは俺としても安心だが、さすがに俺が部屋に来たときくらいは席を外せ。
「今日はここでお仕事だよね。お昼は一緒に食べられる?」
「そうだな・・・・・今日も暇ではないが、いつもよりは時間が空きそうなんだ。昼頃に迎えに来てくれるか?」
「うん!じゃあ後で迎えに――」
 千尋が笑顔で頷きかけたとき。
「皇、妃様。宜しいでしょうか」
 臣下の一人が控えめに声をかけてきた。
「・・・・・なんだ?」
 昨日はほとんど一緒にいられなかったのだ、朝の貴重な時間をいきなり潰してくれるな。
「アシュヴィン、そんなに不機嫌な声出しちゃダメだよ。私は外した方がいいかな」
「いえ、妃様にも関係があるようですので」
「そうなの?」
「たった今、妃様の故郷である中つ国から、妃様にお会いしたいと数名が来ておりまして・・・」
 中つ国と言うと、風早や那岐辺りだろうか。
 そう言えば、あの黒龍の一件が終わって以降、千尋には里帰りさせていないな。
 千尋が帰りたいと言わない限り必要ないと思っていたが、そうでもなかったのだろうか。
「え、ってことは柊さんも忍人さんも来てくれてるのかな」
「忍人はどうだろうな。自軍を放ってまで来るかどうか」
「あ、そうかも。私、会って来てもいい?」
「もちろん。・・・・・・・・そうだな、俺も行こう。久々に会いたい」






 謁見の間に通すことも考えたが、それはかつて共闘した友に失礼だと、普段は使われない一室に通すことにした。
「風早、那岐!」
「千尋、お元気でしたか?」
「千尋が何も連絡寄越さないから、風早と柊が会いたいとか言い出すんだよ。少しは連絡したらどう?」
 真っ先に千尋が駆け寄ったのは、やはり風早と那岐だった。
 満面の笑みで風早に抱きついている。
「我が君、彼らにばかりその笑顔をお向けにならず、私にも向けては頂けませんか」
「柊殿、姫の大事な家族との対面です。私たちは今しばらく」
 しばらく見ない間に、布都彦が柊に意見するようになっている。
 柊が内心どう思っているかは知らないが、とりあえずはそれで黙ったようだ。
「姫さん!会いに来たぜ」
「サザキも、来てくれてありがとう」
 サザキにも溢れんばかりの笑顔を向け、
「忍人さん、来てくださったんですね」
「来ざるをえないだろう。今、中つ国を背負う王がここに来られるというのだ、護衛は必要だろう?」
「僕はいらないと言ったはずだけど」
「あなたが判断されることではありません。・・・・・・それに、二ノ姫・・・いや、千尋のことも少し心配だった」
 不意に千尋に近づく。
 いつもは見せないような不安げな表情で聞いた。
「あの戦いの中で君は本当に愛する者を見つけられたと思っている。だが、ここには君を利用することを考える輩も少なからずいるだろう。
 これほどに離れていては常に守ることもできない。平気だったか?」
「もちろん――」
「忍人、その台詞は気に入らないな」
「・・・・・・ああ、そう言えばいたのだな」
 こちらに向けた顔は、いつもながらの不機嫌そうなものだった。
 態度が違いすぎるだろう、それは。
「悪いが、ここは俺と千尋の城なんだ。仮にも城主の俺を蔑ろにするのはどうかと思うが」
 そう言うと、サザキが盛大に笑う。
「久し振りだな、アシュヴィン!何だお前、構って欲しかったのか?」
「誰か剣を持ってこい。この鳥頭を叩き出す」
「はあ!?」
「アシュヴィン、落ち着いて。千尋も驚いてしまいますから、剣はね」
 風早に止められるが、それも気に入らない。
「これは失礼致しました、あなたは執務に忙殺されていて下さる・・・いえ、されているかと思っていましたので」
 今度は柊か。こいつも口が減らない。
「今どう考えても本音だっただろう。しかも、俺は千尋と一緒に入ってきたんだが」
 なんでこいつらはいつも千尋千尋なんだ。
 特に風早と柊の千尋への過保護ぶりは見ているこちらが恥かしくなるほどだった。
「でもよ、俺たちは姫さんに会いに来たんだから、お前はいてもいなくても」
「サザキ、それは本音でも伏せておいたほうがいいんじゃないの?」
「そうです、姫にお会いしたかったのは本当ですが、アシュヴィン殿もどうしているかと気がかりでした」
 那岐の台詞は気に入らないが、布都彦の素直な言葉にやはり誰も変わりないなと、ほんの少しだけ安堵する。
「・・・・・・・・はあ、俺はとにかく誰が来たのかを見たかっただけだ。千尋、昼食はこいつらと摂るといい」
「あ、俺たちは昼過ぎには帰らせてもらいますね」
「そうなのか?・・・せっかく千尋に会いに来た割には、随分あっさり帰るんだな、風早」
「俺は千尋の元気な姿が見れればそれでよかったですから。あなたと結婚したことで不安に思うところもありましたが、杞憂だったようだ」
 安心したような風早の笑顔に、隣の千尋も思わずといった様子で破顔する。
「それを聞いて、俺も安心した。これだけの人数で来たからには、千尋を取り戻すと言い始めてもおかしくないからな」
「おや、そうしてもよいのでしたら、私はこのまま姫を中つ国へお連れしたいところですが」
「ええっ、柊!?」
「我が君、どうかそのように驚かれないで下さい。あなたが望まれればの話ですよ」
「ああ・・・そうよね、びっくりした」
 本音だったろう今のは!
 周りの反応も似たり寄ったりだ。
 忍人でさえ、驚いたようだった。
「・・・・・・・千尋、俺は部屋に戻る。今日はそいつらとゆっくり話すといい。出立の際には声をかけろ」
「うん、そうするね」






 その日の晩。
 久し振りの仲間の訪問に、千尋は夜になっても興奮冷めやらぬ様子で、昼間のことを話してくれていた。
「でね、那岐と布都彦がやっぱり私に対する態度がどうとか言い合いになっちゃって」
「だが、今は那岐が王なのであろう?ならば、那岐がどんな態度をとろうともお前さえ嫌がならければいいんじゃないのか」
「そうなんだけどね、あ、それと柊と忍人さんとサザキがね――」
「あいつらが?」
 自分でも分かりやすいくらい、顰め面になったのが分かった。
「どうしたの?そんなに怖い顔しなくっても・・・」
「いや・・・・・・・何でもない」
「えー、気になるよ。訊いちゃいけないことでもないんでしょう?」
「悪くはないが、訊くな」
 その三人の名前を聞くと、自分でも情けないくらい動揺するときがある。
 特に柊。
 あいつの甘ったるい台詞を聞いていると、そんなことは絶対に言ってやれない自分と比べて少しだけ不安になるのだ。
 千尋もあんな言葉を聞きたがっているのだろうか、と。
 だが、そんなことが言えるはずもない。
「・・・・・まあ、いいや。でね、3人とも全然変わってなくって、やっぱり楽しかったよ」
「・・・そうか」
「特に柊なんて、いつになってもあの雰囲気変わらないんだね」
「・・・・・・・・」
「おかしくって、つい笑っちゃうよね」
「おかしい?」
 くすくすと笑う千尋の横顔に尋ね返す。
「ああいう台詞、よく出てくるなって思うよ。それは凄いと思うんだけどね」
「・・・・・・・・・ああいうこと言われて嬉しいか?」
「人それぞれだと思うけど、私は柊に言われる歯の浮くような台詞よりも、アシュヴィンに言われる何気ない一言のほうがずっと好きだよ」
「…は?」
 いきなり俺が引き合いに出されるのか。
 あまりに不意打ちで、間抜けな声を出してしまった。
「私に向けての言葉じゃなくっても、この国の人たちのことを心から思ってるんだなって分かる言葉がすごく優しくて好き。  私に向けてくれる言葉も、私のことを考えて選んでくれてるんだなって分かって、そのことが嬉しい。  だから、柊だけじゃなくて、風早でも那岐でもサザキでも忍人さんでも・・・・誰でもなく、アシュヴィンの言葉が一番私には嬉しいものだよ」
 いつもの笑顔と同じものなはずなのに、いつもより輝いて、いつもより美しく見えた。
「まさか、千尋に口説かれる日が来るとは思わなかったな」
「くど、・・・え?」
「そうだろう?違うのか?」
「べ、つにそんな意味じゃなくて!ただ思ったことを言っただけで!」
「お前がどれだけ俺のことを愛してくれてるかよく分かったよ」
「違くはないけど、違うよ!?」
「まったく、俺の妃は素直じゃないな。素直な方が、可愛げがあって俺は好きだが?」
「素直だよ!」



こんなにあっさり誰よりも俺が一番だと言ってくれる千尋が傍にいてくれて良かった。
愛した分だけ、想いを返してくれる。
千尋のそんな存在になれてよかった。


「・・・・・・俺は本当に幸せものなんだな」



 なんのこと?と言いたげな千尋の髪を一撫でして、強く抱きしめる。
「ありがとう、愛してる――」
 この想いは、一生変わることなく続いていくのだろう。
 腕の中のあたたかで、優しさで満ちた存在をきっとこれからもずっと愛しく。
 そして、きっと千尋も同じだけの想いを返してくれる。
 幸せに始まった想いではなかったけれど、互いを想う気持ちは、今は本物だから。


 変わらないのは人ばかりじゃない。
 この温もりも、愛しさも、変わらず手放すことはできないのだろう。





 本当にどなたか、タイトルセンスと文才くださいませんか。
 地味ですが、やりたかったのはアシュの「俺の妃」発言だけです。
 本編で大分萌えた。
掲載: 08/06/25