×
時効
「帰ってきたな、アレックさん」


 唐突な話の振り。
 振り返ることもせず、オズウェルは手元の部品に集中する。
「おいおい、無視はないだろ無視は」
「うるさい。あんたは、あの中に加わらなくていいのか」
 声の主は、航空部隊の花形、パイロットであるコリンだった。
 そして、今日―――むしろ、たった数時間前―――は2年前に消息を絶ったアレックが帰還した日だった。
 もちろん基地内は沸きに沸いて、ほぼ全員がアレックを一目見ようと追い回している最中だろう。
 そんな中で、ほとんど唯一と言ってもいいのがオズウェルで、彼だけはアレック帰還の報せにも浮いた表情は見せなかった。
「あー、俺はもう加わってきたから。さすがにずっと男追い掛け回すのもな」
 そんな言葉を吐いた後、でもと続ける。
「今晩の宴会は俺主催だから」
「じゃあ、俺は不参加だ」
「なんでだよ!」
「記憶なくす奴は黙ってろよ」
「…なぁ、前から思ってたんだけど、俺何かするわけ?なんか迷惑かけてる?」
「存在が迷惑だ」
「ひっでえ!」
 後ろで喚くコリンを無視して、たった今戦闘機に取り付けた部品を確認し、他の個所の点検に移る。
「……まぁ、いいけどさ。それに、アレックさんのための宴会だもんなー出辛いよなー」
「別に。ただ、あんた主催ってのに出たくないだけ。くそっ、ここ緩んでる…」
 あとで担当の整備士呼び出してやる、と心の中で誓いながら締める。

「―――お前も、ホンット苦労背負うよな」

 心底呆れたというようなコリンの声音に、気分を害したようにオズウェルが振り向く。
「どういう意味?」
「そのままだろ。2年間もあったのに、一切手も出さず、ただ見守るだけって、それ男としてどうなの?」
 主語がないのに、嫌でもわかる。
 脈絡なく出てきた話なのに、その言葉だけでそれが誰を指しているか、当の本人以外なら誰もが気付くだろう。
「それこそ『別に』だ。アレックさんと約束したんだから、当たり前だろ?」
「そろそろ時効だと思うけど?」
 さくっと言われた時効という言葉。
 それは、たった数時間前、オズウェル自身がエリカに言った言葉だった。
 時効だと思ったから、エリカに話したことがあった。
「時効でもなんでも、だよ。それに第一」
 他の個所の点検も終え、いつでも水に浮かべられる状態になったオオルリを軽く叩く。
「俺はあいつをどうとも思ってない」
「………強がりは身体に悪いぞー」
「うるさい、もう邪魔だからアレックさんの所にでも行けよ」
「たった今整備終わったくせに」
 抗議するコリンに、オズウェルはどこまでも平坦に話を切る。
「これ、ルカの機体なんだけど?」
「いや、それは見ればわかるけど」
「で、あんたのあっち」
 ルカの機体に比べて、あちこちに大きな傷が残っている。
 見えないが、この分ではエンジンにも大きな負担がかかっているだろうことは素人でも分かりそうだった。
「あいつが今いないんだから、俺がやるしかないと思うんだけど?」
「…すいませんでした」
 オズウェルは小声で謝るコリンを一瞥して、そちらの機体の様子を見始める。

「はぁー……」
 そして、コリンはそんなオズウェルを見て、深くため息をつく。
 どうしてこうも意地を張るのか。張れるのか。
 オズウェルがエリカをどう思ってるかは分かり易すぎるほどで、ここから異動しない理由も明らかだった。
 エリカがいるからだ。
 いつだって『アレックさんとの約束だから』で終わらせようとするが、そうじゃないだろうと言いたい。
 そんな約束がなくても、エリカがここにいる限りお前はここに居続けるんだろ?
 そう言ったらどういう顔をするだろう。
 苛立ったように睨むのか、呆れたような馬鹿にしたような視線を向けてくるのか。
「…どっちでもいいか」
 というより、どうでもいいか。
 どっちにしろ図星を指された時のオズウェルの対応だ。
 そう結論付けて、これ以上からかえそうにないオズウェルを残してドッグを去る。
 彼女は今どうしているだろう。
 帰還報告のためにアレックは司令室に行ったけれど、さすがに一緒には行けなかっただろう。
「うーん、アレックさんが隣にいなかったら、嬉し涙拭う役貰っちゃっていいのかなー?」



 コリンが去ったドッグには、オズウェルだけが残り、黙々と機体の整備に勤しんでいた。
 本当ならエリカと整備するはずだった機体。
 だが、アレック帰還という予想だにしない出来事があった今、エリカに機体整備に参加しろとは言えなかった。
 2年間という長い間、連絡どころか生存確認さえ取れなかった相手が戻ってきたのだ。
 言えないし、言えるわけがなかった。
 何度エリカが赤い目のまま整備に来たかわからない。
 泣いている所なんて一度も見たことはないが、一晩中泣いていたのかと言いたくなることは何度もあった。
 コリンはなぜ奪わなかったのかと聞いてきたが、こっちこそ聞きたい。
 他の男を想って一晩泣き明かすような女を口説いて嫌われるような真似ができるのか、と。
 奪いたくなかったとは言えない。
 連絡もよこさず放っておくような男はやめておけと言わなかった自分を褒めたくもなる。
 でも、何よりも嫌われるのは怖かった。
 近くにいて、ただ守ってやれればいいと、そう思った。
「…っそ…!」



 頼むから、なんで今更戻ってきたんだと、エリカには謝っても謝りきれないことを思ってしまうことだけは、許してほしい。
 思うだけだから。誰にも言わないから。


「…………時効、か」


 もっと早く時効と区切っていれば、状況は変わっていただろうか。
 もしかしたら、奪っても嫌われなかったんだろうか。
 見守る立場なんて、そんなものに最初から甘んじていなければよかったんだろうか。

 何を思ってももう遅いと分かっていながらも、アレックに抱きついたエリカの表情が脳裏に焼き付いて離れない。




――――あの笑顔が欲しかったんだ――…




 どうしようかと思いながら書いてしまった風色サーフ。
 オズウェル最萌えとか言いながら、こんなんですいませんでした。
 アレックルートのオズが大好きなんですが、
 この流れ…オズ的にありなのかどうかすごく迷った。
 私はこれもありだと思うけど…もしかしてなしなんでしょうか。
掲載: 09/06/13