「ありがとう、って言っておくべきなのかな」
「ベルナール?」
陽だまり邸では、聖なる夜を祝うパーティが始まっていた。
アンジェとニクス、ジェイドの作った豪華な料理が並べられ、6人だけのパーティが始まる。
ルネを呼べないことを残念がるアンジェを宥めつつ、和やかに進んでいく。
そんな中、レインだけが部屋からいなくなっていた。
中庭。
花壇の淵に腰掛けて、夜空を眺めるレインに近づく。
「御礼をしなくてはいけないのは分かっているけれど、あの手紙は酷いんじゃないかって文句を言ってもいい?」
「そうでもしなきゃ来ないんじゃないかと思ったんだ」
「どちらにしろ、今日の午後には来るつもりだったさ。仕事がようやく終わったんでね。アンジェには早く逢いたかったけど、アンジェも君たちと過ごしたいだろうからって少し遅く来ようと思ってたんだよ」
そう言いながら笑うベルナールに、レインも悪かったと思うのか、
「・・・・・・・・悪かったって」
「いや、もういいけどね。それに、レイン君にまで心配されるほどアンジェが寂しがっていたということだろうし。僕も悪かったから」
手紙には、指輪―――もちろん、プロポーズの意味での―――をニクスが全員の前で贈り、アンジェが嬉々としてそれを受け取ったなど、つらつらと書いてあった。
動揺するなという方が無理だと思う。
「そう言えば、レイン君のこと怒っていたよ、ニクスさん」
「あー・・・そうだろうな・・・」
レインが贈ったと書いては絶対信じないだろうと思って、ニクスかジェイドか悩んで、とりあえずニクスにしておいたが、後々のことを考えればジェイドの方が笑って許してくれたように思わなくもない。
アンジェの笑顔のためだからね、くらいは言ってくれそうだ。
「――それに、僕も怒られたよ」
「殴りかかったことをか?」
抗議に来ることは予想できたし、そうさせるためのものではあったが、さすがに殴りかかることまでは予想していなかったレインだ。
冷静にしていられたとは思うが、階段からニクスに掴みかかっているベルナールを見たときは、さすがにレインも驚いていた。
「いや、そのことに関してはね。別に怒ってないって。ペンダントだったけど、婚約中の女性に装飾品の類は贈るべきじゃなかったって」
後ろ暗いことがあるからそう思うんじゃないか、と内心で突っ込んだレインだが、わざわざベルナールにそれを言って波風立てる必要もない。黙っておくことにする。
「そんなことよりも、アンジェが受け取るような人間じゃないってなぜ信じられなかったのかって怒られたよ」
「あ・・・そう言えばそうだな」
「それは分かってる。受け取るような子ではないのは分かってるんだけど・・・最近なかなか会えなかったことが、まだ若い彼女にはそんなに辛かったのかなとか、優しすぎる分、今までの何も言わなかったけど、文句がいろいろあったのかなとか思うと、ありえそうな気がしてくるものなんだよ」
レインもアンジェが優しすぎると言う点には同意するのか、確かになと呟く。
「でも、褒めてもくれていたけどね」
「・・・どこを?」
殴りかかるわ、アンジェを信じてないわで、いいところはなかった気がするのだが。
「常識を忘れるくらい、アンジェのために必死になったという点のみで」
「常識を忘れる?」
「朝早くから他人の家開けさせて、家主にいきなり殴りかかったことじゃないかな。嫌味たっぷりな褒め言葉だったね」
それはまたニクスらしい――。
普段は温厚な篤志家と思えるが、ああいうタイプは後々まで根に持ちそうだ。
「まあ、今日一日で怒られたり、アンジェに慰められたり、こうしてレイン君とゆっくり話せたり、結構いい思い出になったかもしれない」
「怒られたことが?」
分からないという風にレインが訊ねると、
「怒られたって言うかね、ようやく認めてもらえたのかなって思ったんだ。レイン君含めて、みんなアンジェの保護者みたいだから。小さな頃は僕だけのアンジェだったんだけどなあ」
「またそうなるくせに、よく言うよ」
「まあね。でも、本当の意味でアンジェを独占するなんて、誰にも叶わない。アンジェはいつでもみんなのもののような気もする」
「って言うよりは、アンジェはアンジェ自身のものだしな」
「それもそうだ」
おかしそうに肩を竦めると、ベルナールは空を振り仰ぐ。
「アンジェと世界に感謝しながら聖なる夜を迎えられるとは思ってなかった」
「来るつもりだったんだろ?」
「でも、いつも夜になる前には帰していただろう?」
「どうせ、家でパーティーやることになるってことは分かってるんだ。あんたも参加すればいいじゃないか」
「僕も、そこまで図々しくはないし、鈍くもないつもりだよ。来年からはきっと僕とアンジェ、あとは親父と3人での夜になるんだから、最後の聖夜くらいは遠慮する。だけど、やっぱり逢いたかった。アンジェと過ごせる夜はいくらあっても足りないくらいだ。だから感謝してるよ、レイン君」
―――こんな夜も一緒に過ごせないのは寂しすぎる
ぽつと呟いたベルナールに、何だかんだ言って今晩のパーティーには参加してるくせにと水を差してやりたい気分になったレインだった。