朝から柔らかな日差しが差し込む陽だまり邸。
「今日は花の手入れですか、アンジェリーク?」
ニクスが紅茶の用意を持って庭に出てくる。
「ええ。もうそろそろ植え替えの時期かと思ったので」
「ありがとう。私もそろそろではないかと思っていたのですよ」
変わらないニクスの優しげな言葉と表情にアンジェリークも笑顔を返す。
「ああ、ここだったんだね二人とも」
「花の植え替えか?」
「ジェイドさん、ヒュウガさん。はい、暖かくなってきましたし」
そこで気づく。
「あ、お菓子ですか?」
ジェイドの持っていた大皿の上には、クッキーが綺麗に円を描くように幾重にも盛り付けられている。
「ヒュウガにも手伝ってもらってね。アンジェが好きなんじゃないかと思って」
「ありがとうございます」
嬉しそうにお礼の言葉と微笑みを向けるアンジェリークに、ジェイドもヒュウガも満足そうに笑う。
「アンジェリーク、手紙が来てるぞ」
「おやおや、結局全員が揃ってしまいましたね」
「え? ああ、みんないたのか」
「アンジェリーク以外は目に入りませんでしたか、レイン君?」
「・・・・・・・・・・・・そういうことじゃない」
拗ねたような口調に、その場の全員が笑ってしまう。
「笑うな。 ・・・とにかく、これはアンジェリークにだ」
「ベルナールに・・・さんかしら」
つい癖で兄さんと続けそうになるのを寸でのところで言い直す。
これからは婚約者なのだからと、さん付けに戻そうとしているのだが、仕事で飛びまわっている人の名前を呼ぶ機会は少なくて、未だに戻らないときがある。
相手が親戚の兄であることを思い出すまでは、ずっとその呼び方だったのに。
「そうらしい。取材先からだろう?」
「そうみたいね。切手が珍しいものだから」
取材先限定の切手や、ポストカードなどでよく手紙をくれたりする。
ベルナールのマメさには、ニクスも苦笑を漏らすほどだ。
「では、アンジェリークはそれを読んで来たらどうだ。花は後でもいいだろう」
「お茶も、戻るまで注がないで置くから」
冷やかしもせずに部屋でゆっくり読んで来ればいいと言う仲間たちに「ありがとう」とお礼を言って部屋に戻ることにした。
アンジェリークが部屋に戻ると、エルヴィンがベッドの上で丸くなって眠っている。
この姿だけ見れば、どう見ても猫だ。
「ねえエルヴィン。ベルナールさんから手紙が来たのよ」
嬉しそうなアンジェリークの報告にチラと片目だけ視線を投げて、ニャアと鳴く。
当たり前だが何を言っているのかは分からない。あの時、人の言葉を喋ったのが嘘のようだ。
エルヴィンの横に腰を下ろして、丁寧に封を開ける。
「今の取材先は雪がまだ残っているらしいわ」
言ってみるが、今度はニャアとも鳴いてくれない。視線を投げられるだけだ。
「エルヴィン聞いているの?もう・・・」
それから何度かエルヴィンに手紙の内容を話してみたが、そのたびに興味なさそうにされた。それでもアンジェリークは構わないらしい。
『と、ここまでこちらのことばかり書いてしまったね。
そっちはどうしてる?
まあこの手紙が届いてから数日したら僕も戻れるんだけどね。
君から返事が来ても、こちらを発つ日の朝に受け取ることになるかもしれない。
陽だまり邸にいるのだから心配することなんて何もないとは分かっているけれど、やっぱり今何をしてるだろう、笑っていてくれるかなって思ってしまうんだよ。
まあ、笑っていてくれるのは嬉しくても、それを見ていられないことを歯痒く思ってしまったりするんだけどね。
僕も余裕がないなって思うよ。
それでも、こんな思いをするのはあと数日だ。
帰ったら、社に戻るよりも先に陽だまり邸にお邪魔するよ。早く君の顔が見たいんだ。声もずっと聞いていない気がする。
お土産も写真も、君の喜びそうなものを持っていくから、楽しみにしているんだよ。
じゃあ、とりあえずはこの辺りにしておこう。
また笑顔で会えることを楽しみにしているよ、僕の可愛い婚約者さん。
ベルナール』
手紙を読み終えると、アンジェリークの口もとに自然と笑みが浮かぶ。
見聞きしたというどんな風景も、音楽も、言葉も、全てが細かくて、本当ならアンジェリークにそのまま見せたかったと言わんばかりだ。
それを見たとき、聞いたとき、アンジェリークを思い出したのだと思うだけで、嬉しいと思えてしまう。
同じことをこの陽だまり邸の仲間たちだってするだろう。そして、アンジェリーク自身も喜ぶだろうけれど。
同じ気持ちで喜べるだろうか。
嬉しいと思うし、ありがとう、そう言いたくなるだろう。
それでも、ベルナールの時のように「一緒に見たかった」。そう思えるだろうか。
きっとそれは思わないはずだ。
いつか見てみたい、聞きたい。そう願いはしても、そのときその場にいたかったというところまでは思わないで終わってしまうだろう。
こういうとき、思う。
当たり前だけれど。やっぱり。
アンジェリークにはベルナールだけが特別なのだ。
「早く帰ってきてくださいね・・・」
呟いて机に駆け寄る。そうしてレターセットを取り出して、ふと気づいた。
「・・・みんなが待ってるんだったわ!」
どれだけベルナールが大切でも、仲間たちとのひとときが大切なのもアンジェリークにとっての当たり前だった。