「ヒトミ、手紙・・・・・・・・来てるぞ」
「手紙?」
家に帰るとすぐにお兄ちゃんに呼び止められた。
気まずそうに視線がそらされて、1通の封筒だけ渡された。
「・・・・・・・・・誰?」
裏返してみても名前は書いてない。表に返すと、住所もなしで、ただ「桜川 ヒトミ様」とだけ。
微かに、見たことがある文字な気がした。
分かる気がする。でも―――
部屋に戻るとすぐに封を切る。焦りすぎて、指先を切りそうになってしまうほどに。
「・・・・・・・・・花?」
手紙は入っていなかった。でも、黄色の小さな可愛らしい花が一輪。
雑草と間違えてしまいそうなほど小さな花をつけている。
なんていう花だろう。
その前に、これを贈ってくれた相手は?
住所がなかった。送り主の住所も、この家の住所も。それでもここにこの手紙があるなら、直接ここに持ってきたということだ。
そこまで思って、思わず期待してしまった。
―――――先輩、来てくれたんですか?
数ヶ月前に姿を消して、そのまま消息が途絶えた人。
「残酷だよね」
酷く寂しげにそれだけ呟いて、そのまま姿を消した。
「お兄ちゃん!」
廊下の狭さも、階下への迷惑も考えていなかった。
「この手紙って・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・神城のご両親が揃って持ってきたよ」
「先輩は?入院してるの?」
「・・・・・・・・神城に、お前に渡して欲しいって頼まれたらしい」
「どこにいるって言ってた?ねえ、何か聞いてない?」
花びらを握り締めながら必死だった。今会わなかったら、きっともう会う機会がなくなってしまう気がする。
「その花、」
「え?」
「ミムラスだな」
「?」
ミムラスと言うらしい花を見て、お兄ちゃんが寂しそうに目を伏せた。なんだと言うのだろう。そんなことよりも、先輩の―――
「花言葉は『笑顔を見せて』だよ。――――――-神城の最期の願いじゃないのか」
「さいご?」
ヒトミちゃんはよく笑うね。
僕は、ヒトミちゃんの笑顔が一番好きだよ。
その笑顔、ずっと見ていたいな。
そして、『笑顔を見せて』。
愛しているから、一番君が輝いている笑顔でいて欲しいと願ってしまうんだよ。
神城先輩の声が耳元でした気がするほど、鮮明に覚えてる。絶対にあの優しい声を忘れない。穏やかな口調を忘れない。
誰でもなく、先輩だけの声だ。
さいごって何。さいご―――最期?
最期ってなんだっけ。
死ぬってことじゃなかった?
気づく前に声をあげていた。
「―――いやああああああああああああああっ」
言葉なんてなくて、ただ叫び声が響く部屋の中で、酷く似つかわしくない小さな花が萎れて落ちていた。