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ご褒美=君

「泣かないでよ・・・ね、ヒトミちゃん?」
「む、無茶言わないで下さいよ・・・」
 僕の両親の迎えを待ちながらのロビー。昼時だから、通院中の患者も入院中の患者も、それ以外にも人が溢れかえっている。
 そんな中で一人泣き続けるヒトミちゃんは、少しばかり目立つ。
「だって、先輩、ようやく退院なんですよ?あんなに辛い思いしたのも、今日で最後なんだなあって思ったら・・・もう、嬉しくて・・・」
「ふふ、そうだね。でも、ここで泣くのは止めようね。これから入院する人も、これからも入院し続ける人もいるから。ね?」
 優しく聞こえるように窘めれば、そこではっとしたように涙を止めた。
「すみません・・・・・・」
 そうして落ち込む。その反応の素直さも、今まではいつ失うか分からないと恐れていた。それでも今日からは恐れなくていい日々が続く。
「そうだ、先輩!退院したら、一之瀬さんが連絡くれるようにって言ってましたよ。退院祝いやってくれるみたいです」
「そうなの?別にいいのに」
「今までずっと心配させ続けられたんだから、区切りをつけるのに一晩中呑ませ続けるからだそうです」
「・・・退院したばかりの友人にすることとは思えないね」
 そう遠い目をして呟くと、花のような笑顔でそうですねとだけ笑って返された。
 ヒトミちゃんだって、今まで心配させ続けられて、本当に辛かったはずだ。
 この2年間、ヒトミちゃんを愛した人が何人もいたことを知っている。
 そして、今現在も僕の目の届かない範囲も含めたら、何人いるか分からない。それでも、いつも僕を選び続けてくれた。
 何も返せないかもしれない、傷だけを遺して亡っていくかもしれない僕を選び続けてくれた。
 それが、僕にどれほどの希望をくれたか。どれほどの幸福をくれたか、君は分かっている?
「先輩?ぼうっとしてどうしたんですか?」
「え?」
「え?じゃないですよ。今、ぼーっとしてませんでした?」
「うん、ヒトミちゃんといられる幸福に、眩むほどの幸せを感じてた」
「何言ってるんですか!」
 怒ったように顔を背けたヒトミちゃんだけれど、その頬はどことなく赤くなっていて、それがまた堪らなく愛しくなる。
「ヒトミちゃん、ごめんね、こっち向いて?」
「なんで私が怒ってるか、分かってますか?」
「うん」
「じゃあ言ってみてください」
「どうしてだろう?」
「さらっと、分かってないってこと暴露してますけどね!」
 こんなやり取りも最近は日常になってきた。
 以前は、とにかく僕の体調が優れなくて会話を続けるのも厳しい日々が続いたこともあった。人工呼吸器が付けられてた時は、ほとんど意識がなかったし、それ以外のときも、家族ですら面会謝絶にされたこともあった。
 完治する見込みがあると言われて2年。入院を始めて2年。
 ようやくここまで来られた。
「分かってるよ。もう言わないから」
「・・・・・・・その台詞、今まで何度も聞かされてますけどね」
「うーん、気をつけてはいるんだけどね。やっぱりヒトミちゃんが可愛いから」
「・・・・・・・・・・・・分かりました。もういいです」
 はあと深くため息をついた彼女は、それから顔を上げるといつもの笑顔で訊いて来た。
「一之瀬さんだけがお祝いするって言うのも負けた気がするので、私にもさせてくださいね!」
「負けたって・・・いいよ、そんなの」
「私が嫌なんです。何か、欲しい物とか、やって欲しいこと、ありませんか?」
「欲しいもの?」
 少し考えてみる。欲しいもの。
 ふと浮かぶのは、やはりヒトミちゃんの顔だけで。
「・・・時間、かな」
「はい?」
「ヒトミちゃんとの時間」
「・・・そんなものは、これからいつでも会えるようになるのであげるも何もないと思うんですが」
 そうじゃない、と強く訴えてくる少し拗ねたような顔に噴き出した。
「それこそ、そうじゃないよ。そういう意味じゃない」
 ねえ、知っていた?耳元に唇を寄せて訊いてみる。
「僕はヒトミちゃんが思う以上に、欲深いんだよ?」
「?」
「僕が欲しいのは、これからのヒトミちゃんの時間全てだから」
「・・・・・・・・・・・」
「ダメ、かな?」
「・・・・・・・・・・・その訊き方はズルイ」
 いきなり僕に抱きついた彼女は、泣きそうな声でそう言いながら、ゆっくりと首を縦に振ってくれた。

 生きることを諦めなかった自分への、最高のプレゼント。
 彼女との未来を諦めず足掻いた自分への、最高のご褒美。


 僕がこうやって生きてきたことにも、きっと何かの意味がある。
 僕が、僕たちが苦しんだ2年間にも、きっと何かの意味がある。
 まだ分からないけれど、二人で探して行けるかな。





神城SSだと大概暗くなってしまうので、花飛ばしてる感じにしたかったんですがさすがにそこまでは無理でした。
でも、明るくはなった。
◇ 恋したくなるお題 〜手放せない恋のお題〜
掲載: 08/05/11