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我慢しきれずに零れるのは、
明るい笑い声でありますように
窓の外をいつも見ていた。
窓から見える世界が全てだった頃もあった。
それまでは窓の外に自分の世界があって、そこを駆けていた。
なのに、ベッドに入って外を見つめ続けるしかない。
もう治る見込みはないのだと理解するのも、かなり早かった気がする。
だからこそ、両親にも無理を言えた。
学園への登校。しかも一人暮らし。
病気でもなかったら絶対に認めてなんてもらえないことだったろうなと思う。
それに、最後を自由に過ごしたいなんて、病気じゃなかったらこんなに早くに思うわけもなかった。
この生活は僕の最後のわがままで、これ以上悪化したら、ただ去っていくだけでしかないと思っていた。
そんな生活が始まって数ヶ月。
「・・・神、城・・・先輩・・・?」
ああ―――――見られたく、なかったんだけどね。
彼女が買い物に行った後すぐ。
もう慣れてしまった感覚が襲ってきた。
ごめん、心の中で謝ってすぐに誰にも見つからない場所を探して、あの日だけは静まり返っていた校舎に入った。
誰にも、そして絶対にヒトミちゃんにだけは見られたくなかった。
せっかくここまで気づかれなかった。
ずっと一緒に旅行したイギリスでさえ、吐血した姿だけは何とか見せずにいられたのに、こんなところで彼女に見られたくない。
彼女には病気のことなんて知らせずに、ただ病弱な先輩というだけでいたかった。
あんなに他人に一生懸命で、親身になってしまう彼女のことだ、きっと僕のことも心配してしまう。
自惚れなどではなく、事実としてそう知っている。
相手は僕じゃなくても同じだ。
蓮には随分冷たくされたこともあったようだけど、きっとそれでも手を貸そうとする。
幼馴染らしい木野村くんにもそうするだろう。二人がお互いを大事にし合っていることは、傍目から見ても分かりすぎるくらいに分かる。
だから、僕のことだって気にしてしまうはずだ。
もしかしたら、何もできないとあの優しすぎるほどに優しい心を痛める日が来るのかもしれない。
さすがにそれはないかもしれないけど。
「どうしたんですか・・・それ」
口元と、服。
紅く染まったそれらに絶句する彼女に、どうすることもできなくていつもの癖で微笑んでしまう。
「大丈夫だよ」
「見た目ほど酷いものじゃないんだ」
「ごめんね、驚かせて」
どれも彼女の驚愕と恐怖を取り除いてあげられるものではないことは分かっていたけれど、他にかける言葉を知らなかった。
これに驚くような人間には、病気のことは知らせていなかったから。
この学園で言ったら、知っているのは蓮と若月先生、校長、教頭、担任。それくらいのものだ。
驚きに目を瞠った彼女は、とにかく、と保健室に僕を連れて行って、ずっと傍についていてくれた。
僕は君を遠くから見ているだけでよかったんだ。本当に。
確かに世の中の誰もが死と隣り合わせだってことは分かってる。
それでも、僕たちのように病気を抱えて、いつとも知れない『終り』を始終見てる人たちよりは、君たちは死から遠いよね。
だから、いつ終わるかもしれないこの『先輩』『後輩』の関係だけで僕は満足だったんだ。
その関係で終わらせるために、君には知られたくなかった。病気のこと。
ただ少し体の弱い先輩だと思ったままでいてくれたら、また一緒にスポーツセンターに行くこともできる。
公園で一緒に日向ぼっこもできる。
遊園地でアトラクション待ちすることも。
正直、身体にかかる負担は相当なもので、家に帰るとベッドから抜け出せない状態だったこともあったよ。
でも、ヒトミちゃんとの『デート』は楽しかった。
病気のことがばれたらもう君とそんな楽しい週末を過ごすこともなくなってしまう。
何よりもそれが怖かった。
「ねえ、昔みたいに遊園地、行ってみない?」
せっせと掃除機をかけている彼女に、ふと思いついて言ってみた。
「ゆーえんち?」
「そう、遊園地」
反応したのは膝の上に乗る愛息子の鷹人だった。(強引に鷹士さんに名付けられた)
「しばらく行ってないですね、遊園地。鷹人も行ってみたい?初めてだよね」
「うんっ」
どういう場所なのか分かっているのかどうか怪しいながらも、興味はあるらしい。
「じゃあ、来週!来週行きませんか?」
「いいよ、来週の日曜日でいいかな」
「鷹人もそれでいい?」
「いいー!」
今はもう日常になった言葉。
『来週』。
数年前は、明日の約束さえできなかったというのに。
約束は守りたい。
守りたいと思うからこそ、何も約束なんてできなかった。
特に、一番大切な彼女には。
好きだと伝えることすら、彼女を僕に縛りつける言葉だと知っていたから。
あのときの僕の望みはいつも些細なことだった。
どうか、彼女の心はいつも穏やかでありますように。
どうか、彼女に浮かぶ表情はいつも笑みでありますように
。 どうか、彼女の手はいつも温まっていますように。
どうか、彼女を包む空気が和やかでありますように。
どうか、彼女に影がさすことがありませんように。
そして、何よりも強い願いは、
我慢しきれずに零れるのは、明るい笑い声でありますように――――・・・・・・
願った未来がここにあった。
今は思う。今だから思う。
あの卒業式の日。
ヒトミちゃんの柔らかで小さな手を離さなくてよかった。
彼女が僕の傍で笑っている未来なんて見えていなかったけれど、今ここにはそれがある。
ヒトミちゃんと鷹人の笑顔を見るたびに、感謝したくなる。
ずっとずっと昔にいないと決め付けた存在に。
暗くなりがちなキャラなので、家族の話でも出したら明るくなるかなーと思ってのSSでした。
改めて、自分のネーミングセンスのなさに呆れたりしています。
文章の下手さはいつもなので、もう呆れ通り越して諦めてますが(×)
◇
as far as I know
〜願い事〜
掲載: 08/05/11