どこで間違った?
どうすればよかった?
泣くことしかできない自分を呪いたくなった。
「で、珠洲の様子は?」
陸が無理やり珠洲を連れて登校すると、陸の教室の前ではすでに晶と亮司が待ち構えていた。
「・・・お早うございます、晶さん、亮司さん」
「おはよう、陸くん」
「そんな悠長にあいさつしてる場合じゃないだろう!」
思わず晶が鋭く言い放つが、亮司がやんわりと止める。
「怒っても、急いてもしかたないだろう?起こってしまったことだ」
「でも・・・っ」
数日前、この世に厄災をもたらすとされる勾玉を粉砕、そして龍神の死が成し遂げられた。
犠牲は玉依姫ただ独りのはずだった。
今まではそうだった。
だが、この最後の戦いだけが違ってしまった。
玉依姫は5人の守護者の望み通り、今も生を受けている。
犠牲は、独りの守護者の青年だった。
守護者など興味はないと切り捨て、玉依姫を姫とも思わず、ぞんざい極まりなく扱っていた青年。
だが、その青年が終始姫を守り、姫に死が訪れるくらいならと自らの死を選んだ。
「姉さんは、たぶん今疲れてるんだと思うんです。あんな事件があった後だし、支えになるはずの克彦さんも・・・いなくなりました」
陸が呻くように、気遣うように、苦しむように、二人に聞こえるかどうかという大きさの声で言った。
「ここ数日、姉さんから目が離せない。昨日も・・・」
「何かあったのかい?」
「・・・夜中、いきなり廊下を駆け抜ける音がしたから追ってみたら――」
そこで陸が思い出すのも嫌だと言わんばかりに首を振って、うな垂れた。
「姉さんが・・・台所で首に包丁を突きつけて泣いてた・・・・・・・・」
「っ」
「それは・・・」
陸の言葉に、晶も亮司も絶句するしかない。
突きつけていただけで、思い余ったことをしないでくれたことだけが救いだ。
「姉さん泣きながら『死ねない・・・』って言ってるんです。きっと克彦さんが守った命だから、死ねないんだってことだと思うんですけど」
内向的なところは元からだが、基本的にいつも前向きさだけは持っていた。
自分が玉依姫だと言われたときも、生贄だと知った時も、死なずに厄災を収束させる方法を考えていた。
そんな珠洲が、自ら死を選ぶ直前まで追い詰められている。
今、珠洲の心を守れないでいる自分がなぜ守護者だと言えるのか。
その思いは、きっと晶にも陸にも亮司にも、兄が死んだと言う事実を受け入れなければならない小太郎にさえのしかかって来ていた。
―――克彦さん。
心の中で呼びかけてみれば、いつもの少し人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる克彦に逢えた。
何度も呼ぶと、嫌そうな顔をして言うのだ。
『そんなに呼ばなくても、お前のそばにいるんだから聞こえてる』
でも、分かってる。本当に迷惑で、本当に嫌なら返事すらしてくれない人だ。興味のない人間なら、黙殺してやり過ごす人だ。
『俺がお前の言葉を聞き逃すはずはないだろう?』
それはどうだろう?
前は私のこと、相手にしてくれなかったですよね。
『今は、お前のことを一番愛しているんだからな』
偉そうにそう言う克彦が目に浮かんだ。
目を開けると、見慣れた自分の部屋だった。
いつ学校から戻ったのだろう。
朝は陸に説得されて、無理に学校へ足を運んだ記憶がある。
でも、授業をちゃんと受けた記憶がない。曖昧になってる。
ちゃんと残っているのは、克彦を思い出していたさきほどまでの記憶だけだ。
何度、首に包丁、カッター、彫刻刀・・・その他諸々、切れそうな物を突きつけたか解らない。
死ぬ覚悟はできていて、死んだら克彦に逢えるのに、どうしてかいつも死ねない。
何かに止められているかのように。
その止めているものが克彦のような気がしてならないのは、私があまりにも克彦さんに執着しているから・・・?
そんなことすら思い始めてしまう。
いつも止めてくれているのは陸だ。
だから、きっとそんなことは思い過ごしのはずなのに。
私を死から守ってくれるとしたら、今でも克彦さんに守られたい―――。
守られるだけでは嫌だと修行もしたし、一緒に戦いもした。
それでも、最後の最後、守護者に守られるべきだと言うのなら、克彦に守ってほしい。
そこで、雫が零れる。
―――守られた結果がこれだった・・・・・・・・・。
最後、私が死を覚悟した瞬間。
同じように覚悟したのは、克彦だった。
死んでなんて欲しくなかったのに。
私が死んでも、きっとあの人なら迷わずに生きてくれると信じていた。
だから、珠洲は克彦を残して逝くことも厭わなかった。
同じように死を覚悟した人は、同じように考えたのだろう。
そして、珠洲を守って龍神もろとも消えたのだ。
出逢った瞬間、恋に落ちる。
そんな綺麗な恋じゃなくて、そんな運命と言えるような恋じゃなかったけれど、自分の運命と戦いながらした、必死の恋だった。
克彦もきっとそうだった。
それがこんな形で、終わってしまった。
私の心はどこに向かうのだろう――――・・・・・・