陸が、いつもの穏やかさからは考えられないほどの苛烈さで、俺を睨み付けていた。
珠洲は俺の背で震えている。まさか陸がこれほど激昂するとは思っていなかったのだろう。
いつもなら、真緒さんに向けられているはずの殺気と怒気が、俺に。
今まで、何があっても珠洲と俺にだけは決して向けられないと無条件で信じていた。
勝手に信じていただけなのに、思わず内心でたじろいだ。
陸が悪いわけじゃない。
俺が、珠洲の父親を殺したという事実に打ちのめされて逃げた挙句、守護者まで降りると言い始めたから。
そりゃ、陸じゃなくてもこの程度の殺気は当たり前か。
下手したら、壬生先輩だって――。
「何しに戻ってきたんですか」
低く、唸るように。
視線だけでも人を殺せそうなのに、その声が一層殺気だっていて。
相手が陸じゃなかったら、珠洲を連れて逃げ出そうと思っているかもしれない。
「珠洲を、」
「姉さんは、俺が守る。晶さんは守護者を降りたんでしょう」
疑問形ですらない。断定の形で言われて、改めて自分のしたことを思い知らされた。
珠洲を傷つけただけじゃない。
陸のことも傷つけた。陸の俺に対する信頼は欠片も残っていないに違いない。
「姉さんをこっちに。俺が守護者になったのは姉さんのためだ。守護者は俺で、晶さんはもう違う」
昔からそうだった。珠洲が陸を思うように、陸もいつも珠洲を思っていた。
真緒さんがいなくなった後は、見ていてこちらが笑ってしまうほどに仲がよすぎだった。
でも、俺が一度守護者を降りたとしても、現に今は守護者の力を揮える。
それは、俺が今でも珠洲の守護者だということの何よりの証拠だ。
そして、俺が誰よりも何よりも珠洲を想っているという。
「俺は珠洲の守護者だ」
「晶さん・・・」
無様に足掻いてこれ以上失望させるなとでも言うような、そんな響きだった。
「一度守護者を降りたのは確かだ。もう珠洲の近くにいて、珠洲を傷つけたくない。何より、俺自身が珠洲の傍にいたくなかった」
言った瞬間、また陸の瞳に怒りが篭り、今すぐ昆を振り回さんばかりだった。
「でも!」
上手く伝わるだろうか。ちゃんと、伝えられるだろうか。
「でも、俺は珠洲の傍にいたくもあった・・・。珠洲を守るのは俺だから」
これで伝わる訳がないのは分かってる。それでも、珠洲は俺が守る。そう決めたんだ。あの夜。珠洲の運命を知った夜に。
「珠洲に誓ったんだ、」
―――護るから、何があろうと護るから、そう誓ったんだ
言い切ると、後ろで微かに震える気配がした。
抑えきれていない嗚咽が漏れ聞こえてくる。
俺だけが覚えていたんじゃなかった。あの誓いは、今も珠洲の中にちゃんと残ってる。
「姉さんは、晶さんでいいのか・・・?」
俺を通り越して、肩越しに少しだけ覗く髪が少しだけ揺れた。縦に。
「・・・・・・・・・・・姉さんが、そう、決めたなら」
悔しげにそう呟いて、昆を降ろした。
瞳にはまだ微かに怒りが残っていて、きっとこの戦いが珠洲の存在を残したまま終わるまで、ずっと残り続けるだろう。
それでもいい、今は争うときじゃない。
「陸、」
絶対に玉依姫は―――珠洲は、俺が何があっても死なせない。