「お前、本当に鈍くさいな」
「開口一番それなのっ? もう少し心配してくれるとか・・・」
「心配は散々してきたんだが」
言葉に詰まる珠洲に、ため息が漏れる。
移動教室中。途中の廊下で蹲っている珠洲がいた。
コケて膝を擦りむいているらしい。
どうせ、クラスメイト辺りからの嫌がらせの一つだろう。引っ掛けられたか?
「・・・姉さん。どうしたんだ?」
「陸!」
・・・・・そう言えば、ここ、一年の教室の近くだな。
「転んだのか?」
「ええっと、うん。こんな歳になってまでコケてちゃ情けないよね」
陸にはそうやってあははと笑って見せる。
陸も心配そうにしながらも、珠洲の手を取って立たせている。
「保健室行こう。歩ける?乗ってもいいけど」
「いいっ、歩ける」
放っておいたら本当に背負いそうな陸に焦ったらしい。
「ばか、擦りむいただけならいいが、足首でも挫いてたらどうするんだ」
「え?平気だよ、それは」
考えていなかったのか、また焦ったような返事が返ってくる。
平気だというところを見せたいのか、ほらねと足首を振る。
「だからやるなって」
ああもう、どうしてこいつはこんなにバカなんだ。
ついでに、何度でも言うが鈍くさすぎるだろ。
今までイジメに遭って来なかったことの方が不思議に思えてきた。イジメを肯定する気なんてサラサラないが。
珠洲に手を出したこと、死ぬほど後悔させてやる。
「・・・晶?顔怖いよ?」
「え?・・・・・どっかのバカがバカやらかしてるから呆れてるんだ」
そんな俺たちのやり取りを、隣で陸が笑いを堪えるように見ている。
それも気に入らない。言いたいことがあるなら言え。
「お前は本当に抜けてるんだから、」
「抜けてる抜けてる言わないでよ」
不貞腐れたようにフイッと明後日を向いてしまった。
「ホントのことだろ?抜けてるんだから、お前は俺の傍を離れるな」
何度も何度も言い聞かせている言葉だった。
それでも、この一言でいつか珠洲に気づかれるんじゃないかと、いつも冷や冷やして、これ以上ないってくらいに緊張する。
もちろんそれも珠洲の前では杞憂に終わるわけだが。
「転んだだけでしょう?晶は本当に心配性なんだから」
誰のためにそうなったと思ってるんだ。
言ってやろうと口を開く前に、とうとう陸が吹き出した。
「姉さん、晶さんも姉さんのことが大切だから心配してるんだ」
「え?」
「バッ、それは玉依姫としで・・・・っ」
いきなりお前は・・・!
「もちろん、そうだと思ってましたよ。・・・・・・・他に何か?」
「・・・・・・・・・・・っ、何でもない」
陸も、本当に性格が悪い。
「?・・・守護者だからって理由以外で、晶が私のこと心配するわけないよね」
別に落胆した風もなく、当たり前のように言われてこっちが少し落ち込んだ。
確かに、その他大勢の前ではそれなりに冷たくしてるが・・・。
「・・・・・・・そうだな」
陸。憐れみの目でこっちを見るな。
「うん、足は大丈夫みたい。ほら、陸もちゃんと授業戻るんだよ?」
そう言って珠洲はすぐに歩き出してしまう。ああもう、今はまだ痛くないだけかもしれないだろ!
「・・・晶さんも素直じゃないから、こうなるんじゃないんですか?」
陸にだけは言われたくない。
「言いたいことは言わないと、姉さんには伝わらないと思う」
「・・・・・・・・今日はよく喋るじゃないか?」
「・・・そうですか?」
分からないというように、首を傾げる。
そんな陸から視線をそらせて、珠洲のうしろ姿に目をやる。
言いたいことを言わないと。
俺は守護者だから。この言い訳ができなくなったとき。
俺はあいつの隣にいられるんだろうか。
「俺があいつに言いたいのは」
「?」
「鈍くさいんだから守ってやるってことだけだよ」
守護者が言い訳でもいいじゃないか。
その言葉でしかあいつの隣にいられないとしても、あいつの一番近くにいられればなんでもいいんだ。