「まだ帰ってこないの?」
そう訊くと、少し疲れたような表情をしながら少し笑った。
「瀬伊くん・・・。一哉くんももうすぐ帰ってくると思うから」
一哉のこういう我が儘は今に始まったことじゃない。
今に始まったことじゃないし、彼女――むぎちゃん――もあんまり気にしている様子はなかった。別に遊び歩いているわけじゃないんだし、と。
それは分かっているし、だから今までは何も思うことはなかった。
でも。今回だけは許せない。絢子だっけ?彼女がいると聞いてもお構いなしに一哉と出掛けたり。一哉も一哉で、むぎちゃんが何も言わないからって、それに甘えて出掛けて行って。
「まったく。一哉、こんな時間までどこ歩き回ってるんだか」
ねえ?と憤慨したように言って、彼女の座るソファの肘置きに腰掛ければ、彼女もそうだよねえと合わせてくれる。
「ねえ、一哉は先に寝ていていいって言ってたんでしょ?寝ちゃいなよ」
「あ〜・・・・・そうなんだけど、帰って来た時に誰でもいいから起きていてくれたら嬉しくない?」
その言葉に、また僕はムカッと来てしまって。
むぎちゃんに『彼女が起きていてくれたら』じゃなく『誰でもいいから』と、言わせる一哉が本当に頭にくる。
僕なら絶対にそんなこと言わせない。
「誰でもいいっていうか――僕なら男が待っててくれても嬉しくないかな。むぎちゃんなら嬉しいけど」
そう言っていつもの調子でむぎちゃんを抱きしめる。
「またそんなこと言って!」
「えー。本当のことだってば」
「―――ありがとう。・・・・・いつも冗談めかしてるけど、本当に心配してくれてるんだよね」
「え?」
「ありがとう、瀬伊くん・・・・」
そう言って、彼女を抱きしめる僕の腕をそっと抱き返してくれた。
僕は何もかける言葉が見つからなくて、ただ彼女を見下ろしていただけだった。
それからどのくらい時間が経っただろう。
小さな寝息が聞こえて、彼女を覗き込むと気持ち良さそうに僕の腕を抱いたまま眠ってしまっていた。
「仕方ないなぁ」
そっと彼女の腕を外すと、自分の部屋に戻る。
毛布を持つとまた彼女の元へ戻る。
一階に戻ると、リビングのところに松川さんが立っていて、中を覗き込んでいた。
「松川さん?」
「え?瀬伊、こんな時間にまだ起きてたのかい?」
「松川さんだって人のこと言えないけどね。・・・・・むぎちゃん?」
「一哉はまだみたい、だね」
そう言って今度は、ドアの方を視線だけを動かして見る。僕も釣られて、ドアのほうを向く。
「そう、さっきまで彼女も起きてたんだけどね。ちょっと眠っちゃったみたい。一哉が帰ってきたら起すから、松川さんは寝てていいよ」
「―――――そう?・・・・・・・分かった。じゃあ、頼むね」
松川さんはそれだけ言うと、もう一度むぎちゃんのほうを心配そうに見て、2階へ上がっていった。
朝。
結局、一哉は一晩帰って来なかった。
彼女は今ここにいるのに。
どうして僕じゃないんだろう。
彼女のとなりには僕がいるのに――――・・・・・・