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恋人同士に見られた日

『今日は天気もいいですし、出掛けましょうか?』
 いつも忙しい彼――葵さん――が、そう言って微笑んだ。
 私がどれだけ嬉しかったか分かりますか?







 誘われて来たのは、近所に最近出来たショッピングセンター。
 複合施設になっていて、映画館や英会話教室などまで入っている。
 葵さんは普段忙しくて、あまり外に遊びに行ったり出来ない。
 時たま、出掛ける約束をしたりもするけど、仕事の都合で潰れるなんて当たり前だったりするし。
 その度に、本当に申し訳なさそうに謝って来られるから、あたしも思わず許してしまうし・・・。
「むぎさん?どうかしましたか?」
「え?何でもないですよっ」
 あたしが喋らないから、少し心配げに覗き込まれた。
「え、っと。あたしたち周りからはどう見られてるのかなーなんて思って。あははは」
「どう見られてる、ですか?」
 うーん、と少し考え込んだ葵さんは、それから少し笑って、
「とりあえず、援助交際しているように見えなければいいと思いますが」
「はい?!」
「え?そういうことを言っているのではないのですか?」
 いやいや、どうしてその方向に進むんですか。
「それは無いんじゃないかと・・・・」
 これだけカッコいい人が、援助交際に走るとは誰も思わないのでは・・・・。
 それに、あたしだってそんなことするようには見えないと思うんだけど・・・・。
「じゃなければ、仲のいい父娘かもしれませんね。・・・・・何にせよ、こんなおじさんとむぎさんみたいな、まだ若くて可愛らしい人が恋人同士だとは誰も思わないでしょう」
 まだ大学生なんですから、とまた微笑んだ。
 ズキッと胸が痛む。
 そうだった。この人は、年齢の差を気にして、今はもう終わったことだけれど、自分の罪を感じて、あたしに対する気持ちを最後の最後まで言ってくれなかったほどに臆病な人だった。
 その人に向かって年齢の話・・・・。なんて馬鹿なことを言ったんだろう。
「葵さんだって全然若いじゃないですか!」
「そういうことは無いと思いますけれど・・・・。もう30代も後半ですし」
 そんなことを言っても、まだまだ若く見える。出会った時に35歳だと聞かされたときには、驚いたくらいだし。
「でも、どうせ周りからは父娘同然に見えるだろうということは、最初から覚悟していますし・・・。むぎさんさえ構わないのでしたら、私は一向に構わないのですよ」
「葵さん・・・・。あたしがそんなこと気にするわけ無いじゃないですか!」
「ふふっ、そうですね。ありがとうございます」
「いや・・・礼を言われることでは無いと思いますよ・・・?」
「私には嬉しいことでしたから。・・・・・あ、もうお昼も近いですね。どこか入りますか?」
 丁度、時計を見た葵さんがそう言って時計を示した。
 確かに、もう11時50分を過ぎている。そろそろお店も込んできてしまう頃だ。
「あ、じゃあ、おいしいフレンチのお店が入ってるって友達が言ってたんです。行ってみませんか?」
「楽しみですね、いいですよ」


 お店の前まで来ると、既に人は満員の状態。
 15〜30分の待ち時間と札が出ている。
「ああ、残念・・・・。待っちゃいますね」
「私は待ってもいいですが、どうしますか?」
「うーん、このくらいなら待ってみたいんですけど・・・・」
「そうですね、待ちましょうか」
 そう言うと葵さんは、『トウジョウ』と名前を記して、待ち席についた。あたしもその隣に座る。
 待っている間、あたしの大学生活の話や、葵さんの仕事の話をしていた。
 あっという間に20分ほどが経ってしまう。
「『トウジョウ』様。2名でお待ちの『トウジョウ』様。お席が空きましたので御案内いたします」
「え?」
 聞き覚えのある・・・声?
「どうかしましたか?」
「いえ・・・って、琴深!」
「むぎ?来てくれたの?」
 大学の友達、琴深がウエイトレスの制服を着て、メニューを持っていた。
「あ、葵さん。紹介しますね、私の大学の友達で、琴深です」
「初めまして、東條葵です」
「え、あ、琴深・・・澤木琴深っていいます」
 そうしてなぜか握手まで始めてしまった二人に、待っているお客さんたちの冷たい視線が突き刺さる。
「と、とにかく御案内致しますっ。こちらへどうぞ」
「むぎさん、どうぞ」
 あたしに先を促して、店内の奥へと案内された。
 席につくと、さっそく琴深が質問をしてくる。
「むぎ、今日は東條さんと二人で?」
「うん、久しぶりに葵さんがお休みだったから」
「できれば毎週休みを取りたいのですが、中々取れなくて・・・・」
「責めてるわけじゃないんですってば〜」
「わかってはいますが、むぎさんには申し訳ないと・・・・」
 そんな様子のあたしたちを見ていた琴深が、メニューを広げながら、笑った。
「仲がいいんですね、二人とも。大学じゃ、むぎはこんなに楽しそうには笑いませんよ?」
「え?」
「そ、そんなことないでしょ?」
「自覚なし?いいなぁむぎは。こんなにカッコいい恋人がいて」
「恋人・・・・?」
 葵さんが驚いたように尋ねると、さも当たり前のように琴深は続けた。
「違うんですか?これだけ甘い雰囲気出しておいて、違うと言われたほうが驚きですよ」
 お邪魔しちゃ悪いのでごゆっくりー。そう言って、琴深は、別のお客さんのところへ行ってしまった。


 帰り道。
「今日は楽しかったですか?」
「もちろん!映画も面白かったですし、お昼も美味しかったし。何より、葵さんと一緒にいられたことが嬉しかったです!」
「そう言ってもらえるとは、光栄ですね。私も楽しかったですよ」
 そう言うと、ふと思い出したように少し笑った。
「?」
「え?あ、いや。ちょっと嬉しかったものですから」
「何がですか?」
「琴深さんの言ったことですよ」
 琴深?
 何か言っていたかな?別に嬉しがるようなことは言っていなかった気が・・・・。
「思い浮かびませんか?」
「・・・・・・はい」
 それは残念、と言うと、今度は苦笑を漏らした。
「嬉しかったのは私だけだったのか、それともむぎさんにとっては当たり前すぎて、何も感じなかったのか――どちらでしょうね」
「何なんですか?それ」



「恋人同士に見える」



「はい?」
「それがとても嬉しかった」
 確かに言ってはいたけど・・・・・。
「嬉しかった――ですか?」
「とてもね」
 満足げな笑みを浮かべた葵さんは、私に視線を移した。
 それから、顔を近づけて軽く唇にキスを落としてくれる。
「私には――本当に嬉しい言葉でした」


「愛しています、むぎさん」



 私がどれだけ嬉しかったか分かりますか?





どんだけ前に書いたんだと。
勢いだけで書き上げたので、結構短かったりします。
別のカプでやろうと思ったネタなのですが、理事長に転んだ勢いで書いた記憶があります。
◇ 恋したくなるお題 〜年の差の恋のお題〜
掲載: 08/05/10