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愛しく思う気持ちのままに、
あなたを愛せますように

「おやすみ・・・」
 隣で眠る彼女にそう呟いた。




 憎んでいた依織。
 いなくなってしまえと何度呪ったか知れない。
 自分のことを棚上げして、全てを依織に押し付けた末、歌舞伎界を追放。
 今どんなに後悔しても、過去にそれを確かに喜んだ俺がいるんだ。
 どんなに謝ったって許されないと諦めた俺に、まだ諦めるなと示してくれたのはあんただったな。
 依織の彼女で、依織がまた人を愛せるようになったのはあんたのお陰だって思った。
 あんなことした俺が言うのもなんだけど、本当に感謝したんだ。
 心から。
 それなのに。



「―――なんだそれ」
 こく、と目の前で頷く彼女は傷ついたように目を伏せた。
「依織が・・・?」
 ここに来る前に押し倒されて―――?
 なんでもスマートにやってのける依織が、本当にこいつを怯えさせるようなことをするんだろうか。
 考えてみるが、そんな依織は想像できない。
 でも、実際こいつは怯えていて、でも、逆に突き飛ばしたことを心の底から悔いている。
 自分が傷つけられたのに、依織を心配することもできて。
 そんなところが。



 そんなところにきっと。
 俺は惹かれてるんだろうなと思うよ―――・・・









「皇くん、お邪魔しまーす」
「あれ、今日は早いんだな」
「うん、今日は学校、結構早く終わったから」
 俺たちが出会った秋は早々に過ぎ、波乱ばかりの冬も終り。
 俺たちを迎えた柔らかな春の日差しから、射すような痛みをともなった、夏の日がもうそこまで近づいていた。
 無事に襲名公演も終え余裕が出てきた最近は、こうして平日でもむぎとの時間を作れるようになったし、稽古のときでもたまになら相手をしてやれるようになって来た。
 父さんはむぎをえらく気に入って、実家に顔を出すたびに次に会えるのはいつだと訊いて来るほどだ。
 依織が戻ってきた今、安心しているのだろう。
「って言っても、もう夕方だしな・・・。どうする、あとは食事に行くくらいしかできないけどいいか?」
「あ、なら私作るよ。大分、ここのキッチンにも慣れたしね」
「そうか?」
 最初にここに来たのは、依織のことがあったからだったと思い出す。
 今にも泣きそうで、頼りなかった。
 今のこの元気な様子からは到底考えられないが。
 そんなこと言ったら怒られそうなので、胸のうちに留めておく。
「そうだよ!・・・もう半年経ったんだね」
「・・・そっか・・・。そりゃ、慣れるよな・・・」
 半年。
 普通の恋人同士なら「付き合い始めてから」半年、と数えられるのに。
 俺は、「依織からむぎを奪ってから」半年、そう考えてしまう。
「・・・・・・・・・・依織くん、どうしてる?」
「ん、別に変わったところはないよ。復帰も近いだろうってみんな言ってる」
「そっか・・・。よかった」
 そう笑って、少しだけ俯く。
「・・・・・・・私ね、依織くんのことちゃんと好きだったかなあって考えるときあるんだ」
「え?」
「皇くんのことは大好きだって分かってる。これが恋だって分かる。でも、依織くんのときはどうだったかなあって・・・考えちゃうんだ」
 俯いていても、泣きそうな表情じゃないのは分かる。
 声も涙を滲ませていないのに。
 泣いているように聞こえて。
「・・・・・・・・・・・皇くんにこれ言うのも間違ってるんだけどね・・・何言ってるのかなあ・・・」
「大丈夫だよ」
「え?」




「ちゃんと、依織の彼女だったよ」




 上げた顔には不思議なものを見るような表情が。
 そして驚いたように見開かれる目が。
「お前は、依織を救ってくれた。依織だけじゃない、俺もお前に救われたよ」
「・・・・・・・・・かなあ・・・」
「依織も俺も、お前には感謝してる。俺たちが話せるようになったのは間違いなく、お前のお陰だし、な」
 それでも不安そうにするむぎを引き寄せる。
 大丈夫だと言い聞かせるように、背中をぽんぽんと軽く撫でるように叩けば、抱きついてきて。
「俺は、今でも依織に償いきれてないって思ってる。それは、中学時代のこともあるし、何より、むぎをあいつから奪ったことだ」
「え?」
「俺は、あいつが一番大事にしてた『恋人』を奪ったから・・・・・・」
 本当に、後悔ばかりの人生だと思ってた。
 依織を恨んで、消えろと呪い、あいつの人生をめちゃくちゃにした。
 そんな中で現れたむぎは、依織にとっては最後の希望だったに違いなくて。
 それを俺はまた奪った。
 そのことに罪悪感を覚えずにはいられない。
「でも、さ」
「・・・うん?」
「罪悪感とか、償いきれてないって思いはあるんだけど・・・なんでかな、後悔はないんだ・・・・・」
「へ?」
「中学の時の話とかは、本当、後悔以外ないんだ。何であんなことしたんだ、って。それでもさ・・・・・・・・・・一番後悔しなきゃいけないお前のこと、それだけは後悔できないんだ」
 無意識に、腕に力が入ってしまう。
 それでもむぎは身じろぎ一つせずに聞いてくれる。
「最悪だよな・・・俺。これ以上依織傷つけてどうするんだってことしたのに、一番痛かったことだけは後悔できないって・・・・・・。でも、むぎが傍にいてくれることは素直に嬉しくて、よかったって安心するんだ。・・・・・・・・ごめん」
 誰に謝っているのかも分からなくなるほど、ごめんと繰り返した。







 結局、夕食にする前にむぎは寝入ってしまった。
 肩に凭れるようにしているむぎを起さないようにしながら身体をずらして、背中と膝裏に腕を差し入れる。
「・・・っと」
 ベッドにそのまま運んで降ろす。
 一瞬、自分はどこで寝ようかと迷って、そのままベッドに腰を下ろした。
「・・・・・・・・ごめん」
 一番謝らなきゃいけないはずの顔を思い出して、もう一度呟く。
 俺さえいなければ、この穏やかな寝顔を見ているのは依織だったはず。
 それが分かっていても、どうしたって手放せない。
 罪悪感がなくなることはきっとないだろうけど。
 いつか。
 ばふっと寝入ったむぎの隣に身体を倒して、目を閉じる。




この愛しいという想いのままに、謝ることもなく愛せる日が来るのだろうか。
この切ない祈りにも似た想いを、いつか叶えられる時が来るのだろうか。



 愛してる。
 そう呟くのと同じくらいの愛しさを込めて、
「おやすみ」
 隣で眠る彼女にそう呟いた。





初の皇SSだった気が。
ラブラビの皇は幸せそうでよかったです。
◇ as far as I know 〜願い事〜
掲載: 08/05/10