「あいつのこと、少しは大事にしてやれよ」
言われるまでもなく分かってる。
だけど、生まれて十数年、ずっとこの性格でやってきたんだ。
いくら人生観変わっても、性格までは変わらなくない?
大事にしたいと思ったって、何をしたら喜ぶのかなんてわからない。
で。結局、こうして一緒に商店街に設置されたツリーを眺める、くらいしかしてないんだけど。
「ねえ、史桜?」
「はい?」
煌びやかにライトアップされたツリーに見惚れていた史桜が、ようやくこちらを振り返る。
ツリーに見惚れる後ろ姿を見ていられる時間もいいけど、やっぱり史桜の嬉しそうな笑顔が何よりも好きだと思い知る。
周りにも何組も恋人たちが犇めいてるけど、断然可愛いのは史桜だと言ったらさすがに顰蹙を買うのかな、なんて俺らしくもなく考える。
むしろ、俺らしい、のか?
「いーや、別に。ツリーに夢中になるのもいいけど彼氏の存在忘れないでよね」
「忘れてないですよ!」
拗ねたわけではないけど、機嫌を損ねたように聞こえたんだろう。目一杯の否定だ。
「そー?ならいいけど。・・・・・・綺麗だよね」
「ホントですね。でも、今までは桜が舞ってる中で見てたのに、今年は違くて違和感です」
「あー、もう桜が枯れてるのが当たり前のような気がしてた。でも普通のはこれでしょ?」
この初音島に何があったのかは知らないけど、ある時に一気に枯れた桜の樹は普通の桜同様に、春先にしか花をつけなくなっていた。
「・・・・・・・・・普通ですけど、見たかったなぁ」
その様子が本当に寂しげで、史桜がなぜ桜に拘るのかが分からなかった。
初音島だけでずっと生きてきた史桜には、桜が傍にあることが当たり前すぎたから?
「残念そうだね。お前、そんなに桜好きだった?」
「・・・・・・言ったら馬鹿にされそうだから黙秘します」
「それ言われたらなおさら気になるのが人情ってものでしょ。ほーら、早く言っちゃいな」
「笑われるから言いたくないですっ」
うう、と首に巻いていたマフラーを少し持ち上げて口元を隠してしまう。
やることなすこと子供っぽすぎでしょ、この子は。
「じゃあ、もし俺が笑ったら何でも一つ言うこと聞いてあげるから。ね?」
「・・・・・・・・・何でもって言いましたね?」
「言ったよ?ほら、早く早く」
隠されたら気になる。どうせまた変なことを気にしてるんだろうけど、それが一々ズレてるから面白いと思う。
「・・・・・・せっかく去年見られなかったものが今年はあるのにって思っただけです。私がすっごく見たかったものだから、今年こそ揃って欲しかったのに」
「見られなかったもの?・・・よく分からないけど見たかったの?」
「『この時期にだけライトアップされるツリー』、『この島でだけ見られるクリスマスの桜』。その2つは去年見られたけど、・・・・・・先輩だけはいなかったじゃないですか」
最後にボソッと、拗ねたように付け加えられた言葉に少しだけ驚いた。
「・・・俺が見たかったの?」
「・・・っ、見たかったですよ悪いですか寂しかったんです!」
きっと怒ったんだろう。キッと睨みつけられてるようだけど、子犬がキャンキャン吠えてるくらいにしか思えなくて、その様がもう――可愛すぎる。
双子君たちには悪いけど、絶対に見せられない。勿体ない。
「くっ」
噴き出すのを堪えようとしたけど間に合わなくて、結局史桜にさらに睨まれる。
「ご、ごめんって。あは・・・っ、いやいやいや、うん、俺ね。いなかったもんね」
「言うんじゃなかった・・・!」
「えー?俺は嬉しかったよ。いいじゃない。あーもうだめ、史桜可愛すぎる。どんなサービスなのこれ?クリスマスプレゼント?」
笑い飛ばすと、史桜が少しだけ、本当に少しだけ声音を変えて言う。
「・・・・・・じゃあ、プレゼントの追加です。去年は稜平くんたちに誘われてツリーを見に来ましたけど、私が見たかったのは最初に会った時みたいに桜の雨を背負ってる先輩だったんだって思い知らされて、部屋で泣きました」
「・・・・・・・・・はい?」
話の矛先が・・・ちょっとおかしくない?
「クリスマスプレゼントも、結局贈れなかったけど、クッキーとケーキ両方作って、あとサンタのオルゴール用意してたんです。先輩からもしかしたら電話あるかもって思って待ってたりもしたんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほんっとうに、ずーっと先輩のことだけ考えてたんです」
―――泣く寸前。
声が震えてるのが分かった。どんなに待ってたかと責められてるんだろう。
でもごめん。それ聞いて罪悪感感じられなくてごめん。
「・・・・・・・・・史桜はどこまで俺に甘いんだろ?」
「ちょ・・・っ」
しっかり絶対逃げられないように抱きしめた。
さっきの責める言葉って、裏を返したら全力で「蒼先輩が大好きです」って言ってるようにしか聞こえない。
少なくとも、俺にはそうとしか思えない。
最初はいきなりきつく抱きしめられてもがいていた史桜も、だんだんと大人しくなってきて、もう力を抜いて体を預けてきていた。
「笑ったんですから、ちゃーんと言うこと一つ聞いてくださいよ?」
「んー?そんな約束したっけ?」
「ひどいっ!」
「はいはい、分かってますって。で、何がお望みなのかなこの可愛い恋人さんは」
「・・・・・・・・・馬鹿にされてますか?」
「やだなぁ、史桜。俺がそんなことするわけないでしょ」
「・・・いいですけど。じゃあ、・・・・・・うん、じゃあ、これから家に帰るまで私のことだけ考えててください」
「? なにそれ?」
史桜にしては可愛いことを言ってきた。
「なにそれとか聞き返さないでください…っ」
耳まで赤くなっているのがよく分かって、それが可愛いやら楽しいやら見てるこっちが照れるやら。
「いや、自分で言って照れるなって」
「と、とにかくそうしてください!」
「いいけど・・・でも知ってる?」
「はい?」
「このあと家に帰るまでなんかじゃなくて、その後も明日も明後日も、史桜のことしか考えないよ?」
史桜の機嫌を取ろうとしたんじゃなくて。
甘い雰囲気にしたくて言ったんじゃなくて。
事実をそのまま言っただけだ。
あっさり言い切ったことに一瞬きょとんとした史桜は、次の瞬間思いっきり抱きついてきた。
小さく聞こえた「だいすき」と腕の中で微かに笑う気配。
―――やっぱり、何をしたら史桜が喜ぶかなんて一生分かりそうにない。