桜の舞う冬が近づいてきた。
普通ならありえない、冬に咲く桜。冬どころか、四季を通して舞い散る桜。
そんな考えられない光景を見慣れた俺は、今年は「彼女」とそんな風景を眺めながら、街を歩くのだと思っていた。
「兄さん、クリスマスどうするの?」
冬休みだからと帰省した音夢を横に感じながら、手元の雑誌からは一切目を逸らさずに答える。
「クリスマス?…あー、家で特番見て過ごすな」
クリスマスだからって、わざわざ外に出るのはかったるすぎる。
どうせ日本人なんだ。キリスト教を真似る必要はどこにもない。
むしろ、キリスト教徒を真似たら、家で家族揃って過ごすのが一般的だとさえ聞いたことあるぞ。
「まーた兄さんはそんなこと言うんだから。まあ、いいです。私が腕によりをかけて…」
「よし、クリスマスは俺の奢りで食べに出るか」
「なんでそうなるんですか!」
なんでじゃない!
お前の料理は、見た目と味の差がありすぎなんだよ!
調味料を固めてみました、なんてものは断じて料理とは認めないし、食いたくもない。可愛い妹の言い分でも、聞けるものと聞けないものがある。
俺はまだ死にたくはないんだ。
「もうっ、なら美春呼んで作ってもら……あ、えっと、デパートでパーティーセットでも頼みますね!」
「あ?わざわざそんなの頼まなくても、美春なら喜んで作ってくるんじゃないのか?」
音夢大好きな美春のことだ、尻尾を振って遊びに来るに違いない。
料理さえ食べられれば、俺のことは気にしてくれなくて構わないぞ。
「だって……兄さんと美春は…その、」
「付き合ってたって?」
「う、うん…」
「俺は、美春と付き合った覚えはないが?」
俺は美春と付き合った覚えはない。
今はいない「美春」と付き合った覚えならあるが。
彼女の笑い声も、笑顔も、朝倉先輩と呼ぶ声も、彼女とつないだ手の感覚も、彼女の肌のぬくもりも。
きっと全部美春と似ているのだろうけど、俺にはそうは思えない。
なんで最初に美春と「美春」の違いに気づかなかったんだろうと思うほど、二人は別々の人格だった。
「そんなこと言ったって!やっぱり、あの子は美春をもとに作られたわけだし…」
「そうだな。確かに、美春をもとに作ったんだろうな。じゃなきゃ、あんなに似てないし、あんなにバナナを幸せそうに食うはずもなかった」
「だから、できるだけ会いたくないかなって…」
「音夢」
「無用の気遣いなのかもしれないけど、・・・・・・・・・やっぱり、気になるし」
「美春はいつも変わらずに、俺の大切な後輩だよ」
音夢が大切な妹であるように、美春は大切な後輩だ。
ただ、今はいない俺の恋人が何よりも美春に似ていただけの話だ。
二人は全然違う思考をしていた。俺が好きになったのは、自分のことよりも相手を優先しすぎる「美春」だ。
「・・・・・・・・・・・・・でも、美春は兄さんのこと、好きだと思う」
「なんでいきなりそんな話? 尊敬できる先輩の間違いだろ?」
「…なんでこんなシリアスな時に、そんなこと言いますか兄さんは」
「……」
聞きようによっては物凄く不本意なことを言われた気がしなくもないが、兄としての度量の広さを見せるところだろうここは。
「見てれば分かります。美春、兄さんのこと好きだと思う」
―――「美春」もそんなこと、言ってたなあ。
いつだっただろう。
最初から俺に対する美春の感情値だかなんだかが高かったって言ってたっけ。
初めはそのせいで俺を好きだと思ってるんじゃないかとも言っていた。
「音夢は、俺と美春を付き合わせたいのか?」
「違…っ!・・・・・・・・・違う、けど」
「俺は、美春が俺をどう思っていようと、付き合うことだけはないと思うよ」
隣に座る音夢の頭にポンポンと手を乗せながら続ける。
「美春は「美春」を知らないだろうけど、いつか知った時にきっと俺と付き合ってることに疑問を感じると思う」
「?」
「自分こそ、俺にとっては「美春」の身代わりなんじゃないかって、きっと考えるはずだ。俺がいくらそれは違うって言い聞かせてもきっと無理だと思う」
「・・・・・・・・・・・・うん」
納得いったような、いかないような。
そんな微妙な表情で音夢がうなずく。
「第一、俺はあの美春を恋愛対象には見れない。音夢の親友で、俺たちの後輩。―――俺の彼女にすごく似てる子。それだけだ」
美春を見て「美春」を思い出さないとは言わないが、思い出すのは彼女の笑顔だ。
一生懸命だった彼女の笑顔。
最後に、オルゴールを聞きながら動かなくなるまで浮かべていた穏やかな、温かい笑顔。
辛い思いもしたけれど、だから思い出したくない過去では、断じてない。
一緒にいられて幸せだった。
初めて「恋」だったと分かる感情をくれたのは彼女だ。
ロボットでも人間でも構わない。彼女を好きになるのが当然だったとさえ思えるほど、自然な想いだった。
だから、
「音夢。俺のことは気にしなくていいから。「美春」を想って一生を終えるって訳じゃない」
―――この先、誰を好きになったとしても「美春」を忘れることは無理だと思うけれど。
「俺も美春も、今は先輩後輩としてうまく付き合っていけてると思う」
―――美春の笑顔は笑顔で、元気付けられるようで、好きだとは思うんだ。
「気遣ってくれてありがとな。その気持ちだけで充分だ」
―――こんな優しい子が、妹でいてくれて良かった。
その晩、まだ12月も半ばだというのに雪が降った。
「美春」との思い出の場所の桜はもう散ってしまったけれど、俺の中に彼女はいつも「生きて」いるから。
「今でもずっと、ず・・・・・・・っと、「美春」だけを愛してる」
舞い散る雪。
きっと思い出探しなんてしなければ、もう少し長く一緒にいられて、もしかして美春が目覚めなければ、一緒にこの雪を見られたのかもしれない。
そう思うのに、あの思い出探しを後悔は出来ないんだ。
お前が本当にしたかったことに付き合えたことが嬉しいって今でも思ってる。
「だいすきだ」