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危機一髪
―――これはまた・・・
 史桜を見て最初に思ったのはそれだった。



 今日は珍しく史桜が古城の家へ招いてくれたのだった。
 深い意味は本当にないらしく、いつも遊びに行ってばかりでは悪いと思ったらしい。
 そして、兄は今日なら家を留守にするから好きに遊べると言っていた。
「こんにちは、蒼先輩!」
 インターホンを押すと、数秒でドアが開き、そして元気な史桜の声。満面の笑顔。
「史桜がどーしても、っていうから、仕方なく来てあげたよ」
「どーしてそんな言い方になりますかっ」
 少し機嫌を損ねたようにむうっと膨れる。
 こうしてみると、ひよこよりもリスのほうが似ているようにも思える。
「ごめんごめん、史桜見てるとついからかいたくなって」
「性質悪過ぎじゃないですか!」
「ほら、俺って好きな子ほどいじめたくなるタイプだから、ね?」
「・・・っ」
 史桜に視線を合わせるように少し顔を近づけてみれば、照れて少し顔を背けられる。
 いつまで経っても、こういうところは変わらない。
「っと、それじゃ、上がらせてもらうよー」
「あっ、すみません、せっかく来てもらったのに。どうぞ」


 廊下をそのまま突っ切り、リビングに通された。
 ソファやテーブルがいちいち少し大きめだったり、数人掛けになっているのは、元々家族4人で暮らしていたからだろう。
 今は兄の古城先生と二人暮しのようだが。
「好きなところに掛けていてくださいね。今、お茶とお茶菓子出すので」
「お構いなくー」
 一応、礼儀として言ってはみるが、断る気があるわけがない。



 大きく取られた窓から入る陽射しが眩しく、いっそ暑いくらいだった。
 それも当然、もう季節は一巡りして夏になっていた。史桜と初めて出会って1年が経った。



「ねー史桜?」
 窓に一番近いソファに腰掛けるとふと思いついて、思わず史桜を呼んでしまう。
「はーい?」
「リビングに通してもらったのはいいんだけど、あとで史桜の部屋見れるんだよね?」
「はい・・・?」
「だって、うちに来た時は、だいたい俺の部屋で過ごしてるじゃない」
 史桜は驚いたように、手元に向けていたはずの視線をこっちに寄越してぽかんとしている。
 何か変なことを言っただろうか。
 当然見れると思って、ただその確認のつもりだったのに。
「え・・・蒼先輩、部屋見たかったんですか・・・?」
「そりゃ、初めて来たからね。少女趣味な部屋だったら史桜らしいって笑ってあげようかと」
 そこで怒るかと思いきや、
「いえ、あの・・・それはちょっと無理かなぁ、と・・・」
「え?なに、部屋がものすごい汚いとか?」
「片付けてありますっ」
「じゃあいいじゃない」
 何がいけないと言うのだろうか。
「お兄ちゃんとの約束で。・・・あ。ケーキどこだっけ」
 お茶菓子のことを思い出したらしく、冷蔵庫に駆け寄っている。
「約束?古城先生と?」
「先輩が見たがるって思ってなかったから、お兄ちゃんに部屋にいれちゃダメだって言われた時、入れないよって約束しちゃったんです」
 ケーキが見つかったのか、今度はお皿を、そしてティーカップを・・・と用意に忙しそうに歩き回っている。
「へー・・・そうなんだ」
 あの兄貴が黙って男を家に上げさせないことは分かっていたが、史桜にそんな約束をしているとは。
 史桜があの兄貴と約束をして、それが彼女の意に染まないものでないなら、最後まで守ってしまうのだろう。
 ・・・分かってはいるのだが、少しは粘ってみたい。
「でも、その肝心の古城先生はいないんでしょ?」
「今日は礼津さんと約束があるとかで。あ、これどうぞ」
「礼津?あ、ありがとね」
 さっと出されたケーキと紅茶に思わず気を取られた。
 が、それよりも気になるのは「礼津」の方だ。
「礼津明人さんって言って、お兄ちゃんのお友達なんです。今日の夕方、お兄ちゃんが連れてくるって行ってました」
 ふーん、と興味なさ気に返事をする。
「で、結局先生がいないなら、多少約束破っても史桜が言わなければいいだけの話じゃない?」
「えっ?」
 不思議なことを言われたかのように見返されると、こっちが変なことを言ったような気分にさせられる。


―――そりゃ、先生も心配だろうけどさ・・・


 今日、最初に史桜を見たとき、さすがに夏とはいえ露出高すぎ―膝上いくつなんだと言いたくなる淡いピンクのスカートに、スカートよりも少し紅いキャミ、ブラは?と思ったら、肩紐がないタイプのようだった―じゃないか思った。
 史桜のことだから、別にサービスしてくれたわけじゃなく、ただ暑かったからその選択だったのだろう。
「・・・」
「どうしたの、史桜?」
 黙ったまま、天井近くの壁を見つめる史桜に聞いてみる。
「言わないことも出来るっていえばできるんですけど・・・」
「うん?」
 あれ、押せば部屋見せてくれる?
「あそこ、隠しカメラあるんですよね」
「はあっ?」
 あそこ、と言って指さされた先には壁しかない・・・ように見えるが、小型の物が取り付けてあるのだろう。
「ついでに言っちゃえば、玄関から廊下、この部屋、私の部屋の前とかにほかに数台あるんです」
 私の部屋の中につけるのは断固拒否でした。
 こともなげに言う史桜に唖然とする。
 史桜が取り付けたってこともないだろう。間違いなくあの兄貴だ。
「・・・なんのために?」
「渓さんを警戒してのことらしいですけど・・・」
 あのバカ兄貴。
 普段から敵を作りやすい性格してるから弟が被害を被るんだ。
 自分の、弟たちへの仕打ちは棚上げして心の中で兄を罵る。
「部屋に入ったのがバレたらまずい、と」
「お兄ちゃん、ちゃんとチェックするって言ってましたからね」
 どこまで入念に警戒していく気だ、と思い切りため息をつきそうになった。
「・・・じゃあ、次に来たときは見たいから、約束しないでおいて」
「はい」
 脱力する俺とは反対に、無邪気に笑顔を向けてくる史桜。わかってないんだろうな・・・。
 と。ふと思いついた。
「ねえ、史桜、思ったんだけどさ」
「なんでふか?」
 たった今頬張ったらしいケーキのせいでふがふが言っている。
 こういうところが小動物的で可愛い。
「部屋に行かない、ってこと以外何か約束した?」
「うーん、特には」
「そーなんだ。史桜、おいで」
 とんとん、と自分の膝を叩く。
「・・・・・・なんでそんな、犬を呼ぶような呼び方ですか」
「いーじゃない?小犬っぽくて可愛いよ」
「可愛いって・・!そうじゃなくてですね、膝・・・!」
「座ってみたくない?」
 そう言うと、ちょっと怯んだようだった。
「ほーら。おいで。少しだけでいいから、ね?」
「・・・」
 またトンと膝をたたくと、誘惑には勝てなかったようでちょこんと乗ってきた。
「初めてこんなことしてもらいました」
「俺にってこと?それとも、他の男も含めて?」
「もちろん他の人も含めてですよっ。こんなの、お兄ちゃんに小さい時してもらった以外ありませんもん」
「ちょっとー、お前、それ他にもいるじゃないか」
 不満げに抗議すると小さく笑われた。
「お兄ちゃんは男の人って感じしませんから」
「はぁ・・・なら、いいけど」
 そう言って、膝の上に乗っていた史桜の腰に腕を回して、そのまま膝と膝の間に落とす。
「わっ、たった今乗ったばかりなのに、降ろさないで下さいよ!」
「だって、あのままじゃ抱きにくいじゃない」
 両腕で史桜の腰をホールドして、肩にちょこんと顔を乗せる。
「うん、こっちの方が近いでしょ?」
「暑いです!」
「俺はね。でも、嬉しいでしょ?」
 でしょって言われても…などと、ぶつぶつ言っているが気にしない。
 


 外は蝉がうるさいくらいに鳴いていた。
 こんな日常に、生きられる幸せを感じられるのは、史桜に出会ったからで。
 そして、史桜が傍にいてくれるからなんだろう。



 その日の晩。
 孝明から猛抗議の電話が四ノ宮家に入り、運悪く出たのが渓で、より一層孝明の怒りを煽る羽目になった。





何が危機一髪って、一歩間違ったら裏行きだって話ですよね。
最後までバカっぽいのに、割と最初の方でシリアスに転びそうだったのは内緒です。
史桜の服がおかしすぎることはスルーでお願いします。
やりたかったのは、ここにしては珍しいくらいのベタ甘でした。なってますか?
月の咲く空 これからの二人に30のお題
掲載: 08/11/03