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嫉妬
「今日の授業はここまでとする。各自、復習と課題の提出を忘れないように」
 はーい。
 やる気のない声が教室の各所から上がって、教科書をしまう音が聴こえてくる。
 週番の号令と共に、思い思いに席を離れ始める。
(今日も一日、長かったな・・・)
 今日最後の授業は、史桜のクラスだった。
 いつもと変わらない授業だったが、以前と確実に変わっていることがあった。



 史桜が授業中、真面目にノートを取って、少しでも分からないところはその場で手を挙げるようになった。



 それが普通だと言われればそうだが、以前は授業中寝てしまうこともあったくらいで、さすがに寂しい思いもさせられてきたのだ。
 それに、家でも歴史以外の勉強もよくしているようだし。
 気に入らないが、渓くんに勉強を教わりにいくこともしばしばなのだと言う。
「はあ・・・」
 知らず知らずため息が漏れた。
 傍に居た生徒に不審げに見られて、思わず咳払い。
「史桜ちゃん。今日はどうする?家に遊びに来ない?」
 教室の後ろの方から聞こえた声に、何とはなしに視線を向けた。
 四之宮兄弟の双子の一人、四之宮航平が史桜に話しかけていた。
「今日?突然行ってお邪魔じゃないかな」
「大丈夫だよ。ね、リョウ」
「あぁ?なんで俺に振るんだよそこで」
「ほら、リョウも歓迎するって言ってるし。おいでよ」
 言ってないだろう、むしろ嫌がっていないかそれは。
 内心突っ込むが聞こえるはずもない。
「え・・っと、稜平くん、今すごい嫌がったように聞こえたんだけど・・・」
「えー?そんなことないよね?」
「・・・・・・・・・別に。来たいんだったら来れば?」
 分かりにくい・・・!
 史桜の引き攣った笑顔から、そんな心の声が聞こえてきそうだった。
「リョウ、嫌なことがあったら真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐに言うもんね。断らなかったってことは、来てほしいってことだよ」
「ば・・・っ、そういうこと言うな!」
 慌てたように稜平君の方が訂正している。
 それをくすくすと笑ってみていた史桜が、気づいたようにこちらを見た。
 視線が合うとは思ってなくて、思わず焦る。
 だが、すぐにその視線は双子のほうに戻された。
「えっと、ごめんね。今日はちょっと見たいものがあるから、帰るよ。また誘ってね」



 授業の後は、生徒からの質問が相次ぎ、その後会議もあり、帰宅した時はやはり疲れきっていた。
 今日の家事当番が史桜だったことに感謝してしまうほどには。
「ただいまー・・・」
「お帰りなさい!」
 パタパタと廊下を駆ける音がした。
 キッチンから駆けてきたのだろう。エプロンを着けたままだ。
「ただいま、美味しそうな匂いだな」
「ありがとうっ。今日はハンバーグとコンソメスープとね」
 嬉々として作ったものを列挙していく。
 カレーしか作らない(作れない)自分とは違って、史桜のレシピの豊富さには驚くばかりだ。
 稜平君に教えてもらうこともあるらしい。
「じゃあ、今持っていくから待っててね」
 そう言って、キッチンへ引き返していく。
 と言っても、ほとんど対面式のようなものなんだが。
 そして、並べられたものは相変わらずどれも美味しそうで、やっぱり料理上手いんだなと感心してしまった。
「どう?」
「美味しいよ、ありがとうな」
 そう言うと、えへへと照れたように笑う。
「これ、この前稜平くんに教えてもらったんだよ」
「四之宮に?」
 料理の話題になると、ほとんど必ずと言っていいほど出てくる「四之宮稜平」の名前。
 成川との一件に関して、稜平君のことで史桜と嫌な空気が流れた日もあった。
 ・・・あの空気はキツかったなと思い出すだけで、眉間に皺が寄ってしまう。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「あ、いや。なんでもない」
「そう?あ、その時ね、航平君は私の料理美味しいねって言ってくれたんだけど、また稜平君に「普通だろ?」って言われてね・・・」
 その時のことを思い出したのか、しょげたように肩を落とす。
 稜平君に何かを言われると、それだけでかなり傷つくらしい。
「なんであんなに稜平くんは私のこと嫌うかな・・・」
「・・・・・・」
「そりゃ初対面の印象はお互い最悪だっただろうけど、それにしても大人気ないって言うか、ひどいと思うんだよ」
「・・・・・・」
「・・・お兄ちゃん?」
 黙ったままなのを不審に思ったのか、史桜が窺うような視線を向けてくる。
「あ、いや。だが、航平くんは別に怒っているわけじゃないんだと言っていたと思うが」
「? あ、授業終わったあとのこと? 言ってたけど、ただのフォローのような気がしなくもないっていうか・・・」
 本当のところどうなのかは分からないが、兄弟が言っているのだから実際そうなのだろうと思う。
 大人しくて、基本的に気を遣いすぎるほどの史桜が、そうそう他人から嫌われるということはないような気もした。
「ただの照れかもしれないとは考えないのか?」
「照れる?稜平君が!?」
 驚いたように声をあげると、ないよーと苦笑する。
「稜平君には、なんとなく照れるって言葉が結びつかないもん」
「そうか・・・?」
 そこまで言われるほどだろうか。
 傍から見ていると、そうでもないと思うときがたまにあるのだが。
「史桜たちの年代のことは分からないな・・・」
「えー?お兄ちゃんだって、私たちくらいのときあったじゃない」
「だが、学生時代なんて昔すぎて憶えてないな」
 それは・・・と困ったように笑われる。反応しづらいのかもしれない。
 困ったように笑われても、あまり学生時代のことは覚えていないし、あまり思い出したいと思う思い出もない。
 高校生の頃に考えていたことは、まず第一に家を出ることだったはずだ。
 大学生になれば家を出られるからと、それは密かに嬉しいことだった。
 史桜にそのことをいったら傷つくと思って何も言わなかったし、言えなかったが、史桜と暮らすことは限界だったのだ。
「同年代だったら、相談にも乗ってやれたかもしれないな。すまん」
「え。そんなに深刻な話じゃないんだから気にしないで!」
 とりなすような史桜と、ちょうど始まった歌番組でその話は打ち切られた。
 以前にも思ったが、やはりどの歌手も人数が違うだけで同じ曲に思えてならないんだ・・・。



 夜中。
 そっと部屋を抜けて、庭に出る。
 史桜が起きている時は出来る限りタバコは吸わないようにしているが、たまに吸いたくなる時がある。
 史桜はいいよと言ってくれているが、やはり気が退けた。
(四之宮稜平・・・か)
 ご両親のことはともかく、上の兄弟たちに悩まされながらも、割と楽しそうに毎日を過ごしているような印象のある子だった。
 成績は双子揃っていいし、稜平君の方は運動は何をやらせても出来ると聞いている。
 そんなクラスメイトがいたら、それは史桜も多少なりとも気に掛けるだろう。
 転校してきてから、航平君のほうがよく話しかけていたことで、稜平君の方とも話す機会は多かったようだ。
 史桜が選んでくれたのは自分だ、と思っていても、史桜を想っていた期間が長すぎて弱気になる時がやはりある。
 これで歳が同じだったり、近かったりすればまた別なのだろうが、歳の差もそれなりにあるのだし。
 史桜が稜平君を好きになるようなことはない・・・と信じているが、稜平君が史桜を特別扱いしていることは、あながち間違いでもない気がする。
 同い年なら。歳が近ければ。
 もっと史桜の傍に居て、史桜の思うように付き合って行けるのかもしれない。
 本当に少しだけ。



―――すこしだけ、四之宮兄弟に嫉妬したと言ったら、史桜はどう思うだろう?



 そんなこと気にしてたの?
 そう言って笑われそうだな。
 完全に史桜の声で再生されて、思わず苦笑してしまった。




孝明SSは初めてですね。
孝明ルートはギャルゲのヒロイン視点のような話だったのが
それはもう萌えるわ、微笑ましいわでとにかく困った。
月の咲く空 これからの二人に30のお題
掲載: 08/12/05