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手料理
「あれ、史桜ちゃん!来てたんだね、いらっしゃい!」
 ドタバタと廊下が鳴ったかと思えば、キッチンに顔を出した航平だった。
「っせーな、コウ。・・・ホント、最近この家でお前の顔よく見るよな」
「いいことじゃない。蒼兄ちゃんとうまく行ってるってことなんだから」
「えっと、お邪魔してまーす・・・」



 学校で『また明日ね』と別れておきながら、またこうして顔を合わせるのはなんとも気まずい。
 学校が終わってすぐ、蒼から遊びにおいでよとメールが入った。  そうしたら、それを断るような史桜ではない。当然遊びに来る。
「で、お前はなんでエプロン着けて、キッチンなんかに立ってんだ?」
 稜平に贈られたはずのエプロンは、お玉片手にキッチンに立つ史桜が身に着けていた。
「蒼先輩が何か食べたいって言うから、キッチン借りてるね。よかったかな?」
 みんなの分も作ってるよと笑うと、
「いいよいいよ、もちろん。史桜ちゃんのエプロン姿見られただけで充分なのに、また手料理が食べられるなんて」
 航平が嬉しそうに笑い返す。
 稜平はなぜか視線を逸らして、そのまま黙る。
「リョウ。照れるのは分かるけど、史桜は俺の彼女なんだからね」
 稜平と航平の後ろからにゅっと現れたのは、
「耳元で言うなバカ!」
「蒼兄ちゃん・・・びっくりさせないで・・・」
 足音も立てずに現れた蒼に、稜平は耳を塞ぎ、航平は仰け反るようにしてそれぞれ抗議する。
「まったく、酷い弟達だねえ。人の彼女にデレデレしてるほうが悪いんだろ?」
「はあっ!?デレデレなんてしてねえよ!」
「煩いなぁ。史桜が驚くだろ?ねえ、史桜?」
「え、あ、あはは・・・」
 いつものことすぎて慣れてきたというのが正直なところだ。
 あれだけ怖かった稜平のことも、さすがに1年近く一緒にいれば慣れてきた。
 時間の流れは偉大だと本当に思う。
「まあ、リョウのことはおいといて。何作ってるの、史桜ちゃん?」
「うん、カレーが食べたいって言うから、カレー作ってるんだけど。辛口で作ってみたんだけど大丈夫?」
「ホント?僕も蒼兄ちゃんも辛口が好きなんだよね。楽しみにしてるね」
 そう言うと、じゃあちょっと着替えてくるねと史桜に言い置いてキッチンを出て行こうとする。
「ほら、リョウも着替えたほうがいいよ?」
「わーかってるよ」
「そうそう、呼ぶまで戻ってこなくていいからね二人とも」
 嬉々として追い出そうとする蒼に、航平はいつものように苦笑を漏らす。
 が、やはりいつものようになにも言わずに戻っていく。
 稜平はイラッとしたように不機嫌そうな顔になったが、とりあえずは黙って部屋に戻った。



「さーて、邪魔者はいなくなったね」
「邪魔者って・・・二人のことすごく大切にしてるのに、そんなこと言っちゃダメじゃないですか」
「何の話ー?それに、俺にとって一番大切なのは、史桜、だからね」
 ニコニコと機嫌良さそうに腕を組みながら壁に背を預けている。
 今でもこういう素直じゃないことも言うけれど、今のこれはただの冗談で、昔のような虚勢じゃないことが分かる。
 分かるほどには一緒にいて、心を開いてもらえているのだと分かって、少しだけくすぐったいような気分になった。
「そんなこと言ってもなにも出ませんよ?」
「カレーは出るでしょ?」
「・・・・・・そうですね。頑張って作ります」
 やっぱり口ではいつまで経っても勝てない。勝てる気がしない。
「ジョーダンだよ。史桜が一番なのは本当だって」
 くすくす笑って、壁から離れる。
 それから、史桜を後ろから抱きしめて、いつかのように肩にちょこんと顔を載せる。
「先輩!?稜平くんたち来ますよ!」
「呼べば来るかもね。でも、呼ばなきゃ来ないでしょ」
 要するに呼ぶなと。
 呼ぶ気はないが、最初から史桜が本気で嫌がるわけがないとバレてるのは少し癪だった。
「半年以上会えてなかったんだから、しばらくは甘えさせてくれてもいいんじゃないの?」
「甘えさせてはくれないんですか?」
「うーん・・・俺が満足したら、甘えさせてあげるから」
 しばらくどころか当分の間、甘えさせてなんてもらえないとため息をついた。

 そんなとき。

「なあ、なんか飲み物・・・」
 飲み物あるか?
 私服に着替えた稜平が、何の気なしにキッチンに足を踏み入れた。
「あ」
「え?!あ、わ、悪い。邪魔した!」
 そそくさと退場しようとする稜平に、史桜が慌てて呼び止める。
「えっ、あ!ごめんなさい、今のはなんでもなくて・・・って、先輩離してください!」
「えー、なんでさ?リョウ、さっさと部屋に戻ってなよ」
「言われなくても戻るに決まってんだろ!」
 飲み物取りに来ただけで、なんでこんなイチャつかれてるのを見なきゃいけないんだ。
 これで蒼の相手が史桜以外だったら一瞥するだけで終わった、と自分自身で予想がつくだけに、情けないやら面白くないやら。
 史桜が幸せそうなんだからそれでいいだろ、と納得させてはみても、悔しいものは悔しいと自覚してるだけに面白くはない。
「っていうか蒼、お前さ。古城が迷惑そうにしてんだから離れれば?カレーもすげー作りづらいだろ」
 睨み付けるように言うと、蒼はおかしそうに笑うと「そーだね」と答える。答えるだけだった。離れる気配はない。
「うん、史桜が本気で嫌がったら離してあげようかな、ね?」
 それから何か思いついたとでも言うような嬉々とした表情で、史桜の耳元に唇を近づける。
 そして、微かにふっと息を吹きかけるように、
「ね、史桜・・・」
「やっ・・・」
「って、おい!蒼!」
 耳元の声と息に可愛らしい声と共に身を縮めた史桜に、とっさに稜平が蒼を責めるように怒鳴る。
「なんだい、大声出して。うるさい子だね。っていうか、顔赤いよ?」
「っせーな!!お前こそなんなんだよ!?」
「何って、史桜は俺に抱きしめられてるの嫌がってないだろって言う証明だよ」
「はあ?」
「史桜は俺にこうされてるの、嫌じゃないよね?」
 蒼に至近距離でそんなことを言われ、複雑そうな顔をしながらも答える。
「う、・・・はい」
「ほーらね。リョウの取り越し苦労だから、俺たちのことは気にしなくていいから」
 笑顔で言って、分かりやすいほどに史桜を抱きしめる腕に力を込めた。
 それで一層身を縮めて赤くなる史桜に、稜平はため息をつくしかなかった。
「・・・・・・・・・・・もう何でもいい。・・・カレー出来たら呼んでくれ」
 あの調子でずっといて、カレー焦がしたりすんなよと心の中だけで思って、肩を落とした。
 本当にあいつでよかったのか?
 蒼自身の身体のことではなく、あの性格でいいのか。
 心底疑問に思って、本気で史桜の将来がヤバくなったらあの兄がどうにかするだろうと諦めた。





異常に萌えたD.C.G.S.最萌えのうちの一人、蒼SSの更新です。
ちなみにもう一人は孝明だったりします。双子も萌える。みんな萌える。
甘さは当サイト比で5割り増しくらい…だと思います。頑張った…!
何がしたかったのかよくわかりませんが、耳に息吹きかけるのが萌える今日この頃。
月の咲く空 これからの二人に30のお題
掲載: 08/10/03