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意識
 四之宮兄弟が転校してきて。
 蒼先輩と仲良くなって。
 付き合うようになって。
 ・・・病気のことを知って。
 そして、目の前からいなくなってしまった。
 先輩以外のことなんて考えられないくらい、心配で、泣きたい時もあったんですよ?
 それに今は。


―――先輩が、女の子に囲まれてるのが不安です・・・。


 正午ジャスト。
 島の役場から流れてくる馴染み深い童謡のメロディ。
 それが合図で、午前中の授業が終わる。
 教師が終了の合図もしていないのに、生徒はそそくさとシャーペンや消しゴムを置いて、ノートを閉じ始める。
 それはもちろん私も一緒で。
(蒼先輩、今日も学校来てるもんね)
 蒼先輩が治療のために島を一度離れたのはもう1年以上前だ。
 先輩が戻ってきて、先輩が附属を卒業して、私も卒業した。
 今はまた同じ校舎――本校の生徒として一緒に学校に通えてるのが、これ以上もないくらい幸せだった。
 まだ体調がよくないときもあるけど、それでも随分よくなって学校に一日中いることができるようになっていた。
「史桜、今日はお昼どーするの?」
 附属のころと変わらず、今年もおーちゃんは一緒のクラスだった。
「今日も先輩いるから、一緒に食べてくるね」
 軽くお弁当箱を2つ持ち上げて、じゃあねと手を振る。
 目の端に映った稜平くんにはまた睨まれた気がしたけど、気にしないようにしよう。
 ・・・なんでいっつも睨むのかなぁ・・・。


「史ー桜。こっちまで来てくれたの?」
 2年の教室まで迎えに行くと、一緒に喋っていたらしい男子生徒に手を振って、笑顔で寄ってきてくれた。
「め、迷惑・・・でした?」
「はあ・・・。なんでいっつもそうなんだろうねぇ。俺が史桜のことを邪魔だなんて思うわけ、ないだろ?」
 そう言って、苦笑とも微笑みともつかない表情を浮かべられてしまう。
「じゃ、行こっか。史桜がそれ持ってるってことは、中庭?屋上?」
 それ、とお弁当箱を指さす。
「あ、今日は天気がいいので中庭いきませんか?ぽかぽかしてあったかいですよ、きっと!」
「はいはい、史桜は今日も元気いっぱいだね」
 今度こそ苦笑された。


「今更なんですけど、さっき私が教室行った時、誰かとおしゃべりしてましたよね?」
 中庭までの移動。
 ふと気になったことを聞いてみた。
「ん?してたよ」
「もしかして話の邪魔しちゃいました?もしかして勉強の話でしたか?」
「いや、くだらない話しかしてなかったから。それに、あいつが勉強の話なんてするわけないだろ?」
 当然のように言われて困惑する。
 だろ?と言われても、知らない先輩の話だからね・・・。
「って、史桜、知らないの?」
「は、初めて見た先輩なので・・・ちょっと気になって」
「じゃあ、杉並は知ってるよね?」
「生徒会に追いかけられてる人ですよね」
 そのくらいは知っている。何年か前、海で学ラン姿の杉並先輩に出会った。
 その後も、何度か見かけたりしている。ほとんど話さないけど。向こうも覚えてないだろう。
「そ。で、その杉並の友人・・・って言ったら怒られそうだけど、悪友で『桜内義之』。あいつも目立つと思うんだけど、そーでもないのかな」
 へえ、そんな人いたんだ。
 上級生で知っている人なんて限られている。
 演劇部の先輩と、お世話になった白川先輩、生徒会役員を数人だけだ。
「史桜は桜内の何が気になったの?」
「へっ?」
「だって今、『ちょっと気になって』って言ったじゃない」
「え、あ、・・・別に何がって訳ではなくて」
「顔?桜内って地味だけど、結構整った顔してるもんね」
 ん?
 気づいたときはちょっと遅かった。
 ふと見上げた先輩は面白くなさそうに、目線だけでこっちを睨んできている。
「そんなに桜内が気になるなら、紹介してあげようか?」
「なんでそういう意地悪言いますかっ」
「史桜が他の男のこと気にしてるって分かって、面白いはずないよねぇ?」
 拗ねた口調に、思わず笑いが込上げてきてしまった。
 本校に来ても先輩はやっぱり女の子に囲まれてて、その誰もが私よりも断然美人で、自信があって、魅力的な人ばかりだった。
 だから、いつもいつ「飽きた」って言われるか不安になってたのに。
「ちょっと、何笑ってるの?俺は怒ってるんだけど?」
「先輩、分かってないなぁって思ったらおかしくて」
「分かってない?」
 不機嫌な表情が、不審なものでも見るようなものに変わる。
 あ、ひどい。何気に傷つきますよ、それ。


「先輩に会ってから、私が先輩以外をちゃんと「男の人」って思ってみたことないですもん」


 先輩みたいに綺麗に笑えないかもしれないけど、精一杯の笑顔で笑ってみせる。
「史桜・・・ちょっとそれ・・・」
 ほかんとした表情が、すこし抜けてて可愛い。
 そう思ったら、すぐに逸らされてしまった。
「あーもう、―――・・・」
「え、なんですか?」
 顔を逸らされた上に、ぼそっと呟かれた言葉は聞き取れなくて、先輩を覗き込むように近づく。
「そーいうことしないの。言わないの。キス以上は、史桜がちゃんと気持ちの整理つけてからって決めてるんだから」
「・・・へ?」
 よく分からないけど、なんとなく言わんとしていることは分かる。
 キス以上・・・って、そういうこと・・・だ、よね?
 って言うか、なんでいきなりそんな話。
 私がワタワタと慌てた横で、また先輩が何事か呟いた。
 もうその言葉を気にする余裕も、聞き返すことも出来なくて、とにかくきっと真っ赤になってる顔を見られないようにするのが精一杯だった。







「あんまりサラッと言われると、逆に不安になるだろ――…」
 今が幸せすぎて、いつ壊れるのか分からない自分の身体が嫌になる。





D.C.Uのキャラまでいてすみません。やっぱり分かりづらい…?
義之と蒼って同学年じゃない?って思ったら、書いていました。
【修正】ごめん…!学年は義之も蒼も一緒だけどクラス違ったー!orz
月の咲く空 これからの二人に30のお題
掲載: 08/10/11