時計の針が10時を指そうと言う頃。
王崎と香穂子は、香穂子の家の近くの公園にいた。
ベンチに座って、手袋を外してそっと手を繋いで。
「今日はすごく楽しかったです、あんなに大きな拍手もらえたし」
「二人で合わせるのも1年ぶりくらいだったよね。それでもあそこまで綺麗に合うとは思わなかった」
先ほどの演奏を思い出せば、また高揚感が湧いてくる。
マリアに祈ったはずの音は、神まで届けと高らかに響いていた。そんな音楽が二人なら紡ぎだせるのだと思えたあの瞬間。
「・・・二人っきりのクリスマス、は無理だったね」
唐突に王崎がそう言って、傍らに座る香穂子に残念そうに笑いかけた。
「本当なら、もう少し二人っきりでいられるようにしたかったんだけど」
本当に二人っきりだったのは、食事の間くらいだった。
そう言って、寂しそうにする。
「二人っきりだったじゃないですか」
王崎の言葉を、不思議そうな香穂子が真正面から返す。
「一緒にヴァイオリンを弾いてる間、私が考えていたのは先輩のことだけでしたよ。周りに誰がいても、私が想っていたのは先輩のことと先輩と私の音だけでした」
そう言い切った香穂子は、王崎の肩にトンと凭れかかった。
「二人っきりのクリスマスだって想ったのは、私だけですか?」
「―――ううん、違うね。ありがとう、俺も弾いている間に考えていたのは君のことだけだった」
ずっと君のことだけ考えていて、隣で伸びやかに音を紡ぐ君の存在に少し緊張していたと言ったら信じてくれるだろうか。
「・・・今日は本当に楽しかった」
「私も楽しかったですよ」
そう返す香穂子の笑顔が、いっそ眩しいくらいだ。
うん、俺もすごく楽しかった。君が一緒にいて、久し振りに君だけの音が聴けたから。君の存在をすごく近くに感じられたから。
「ずっとこんな日が続けばいいのになって思うよ」
「それは、」
あと3ヶ月もしたら、私もウィーンですよ。
そう続けようとする香穂子を遮って、王崎が続ける。
「このまま、君をウィーンまで攫って行けたら、どうなるんだろうね」
「ええっ!?」
香穂子が素っ頓狂な声をあげて、凭れていた肩から離れて、思いっきり顔を上げる。
当たり前の反応なのに、王崎までビックリしたようにする。
「あ、ごめんね。本気にするとは思ってなくて・・・いや、本気じゃなかったわけじゃないって言うか・・・嫌だな・・・なんて言えばいいのかな。ええっとね」
「あ・・いえ、私もちょっとビックリしただけで・・・・」
「あはは・・・。ごめん。ちょっと言ってみただけなんだ。――ただね。忘れないでいて」
笑顔を消して、真顔になる。
「?」
「今夜、酔った勢いだとか、思いつきで言ったわけじゃないよ。ずっと思ってたことだった。確かに、今日一日が楽しくて、君も同じだって言ってくれて少し浮かれてたって言うのはあるかもしれないけどね」
そこで一度息を吸い込むようにして、少し微笑む。
「―――これからは結婚まで考えて付き合っていけたらいいなって思ってる」
ふわふわと雪が舞い始めたイヴの夜。
ある街の一角で。
未来が今までと違う輝きを見せ始めた。