03/30/ 00:03
From:日野香穂子
To:衛藤桐也
Sub:誕生日おめでとう!
誕生日おめでとう。
夜中にメールしちゃったけど大丈夫だった?
朝にしようかとも思ったんだけど、
一番に言いたくてメールしました。
もし予定が空いてるようなら、
明日のお昼一緒に食べませんか?
お祝いの意味も込めてってことで。
夜中にごめんね。おやすみなさい。
誕生祝い?
そんな話したことあったっけ?
3月30日は俺の誕生日で、メールの相手――香穂子――はそれを知っていてくれたらしい。
(――くそっ…)
―――認めたくないけど、俺今絶対に鏡見れない。見たくない。
「あ、こっちだよー」
朝方、メールを返したときに速攻で返ってきたメールには、「じゃあ予約しておくね!」と嬉しそうな文字があった。
数時間後に送られてきたメールに指定されていたレストランに着くと、すでに香穂子は着いていたらしい。
「いきなり呼び出しちゃったりしてごめんね」
「別にいいけどさ。誕生日覚えててくれたんだ?」
香穂子の正面の椅子を引きながら、いたずらっぽく香穂子の顔を覗き込むと、当然と言わんばかりの表情と返事だ。
「もちろんだよ。理事長がね、そう言えば桐也の誕生日が近いな、って言ってて」
「へえ。暁彦さんも覚えててくれたんだ」
香穂子が覚えててくれたことももちろん嬉しかったし、暁彦さんが忘れずにいてくれたのも少し嬉しい事実だった。
なんだかんだ、毎年プレゼントはくれてた人だから今年もあんまり心配はしてなかったけど。
「うん。優しいよね、従弟の誕生日ちゃんと覚えてるなんて」
「そう?俺も暁彦さんの誕生日は覚えてるし、普通だろ」
「えー?私なんてお姉ちゃんとお兄ちゃんの誕生日が精々だよ」
「そんなもん?」
「そんなものです」
そう言うと、
「って、そうじゃなくてコレどうぞ」
ガサガサと誰も掛けていなかった椅子に乗せてあった紙袋が差し出される。
「これプレゼント?」
「うんっ。気に入ってもらえるかどうか分からないけど、結構頑張って選んだんだよ」
褒めてくれと言わんばかりの笑顔で、早く開けてみてくれとせがまれる。
その様はやっぱり高2とは思えないほど子供っぽい。
出会ったときからこういうところがあって、それが可愛かった。
「なんだろ。あんまりでかくない…つーか、箱?小さい?」
紙袋から出てきたのは小ぢんまりとした箱で、シンプルではあるけど丁寧に包装されていた。
「この前ね、理事長と――――」
「遅れて済まなかったね」
「え、暁彦さん?」
唐突に後ろから聞き慣れた声が聞こえて、ラッピングに手をかけたところで振り返ると、案の定の人が立っていた。
なんで暁彦さんがここに?
今謝ったってことは、来る予定だったってこと?
「桐也、誕生日おめでとう。済まなかった、仕事がなかなか片付かなくてね」
そう言うと、暁彦さんは当然のように香穂子の隣の椅子を引く。
「プレゼントは―――ああ、もう渡したのか」
「遅かったからですよ。これ、この前理事長と一緒に選んだんだよ」
「…へえ」
ラッピングを丁寧に外すと、
「………え?」
白の小箱に堂々と金箔で記されたブランド名とそのエンブレム。
「――腕時計だ。お前が持っているものも普段はいいだろうが、それなりの物も持つべきだ」
「……いや、これって……」
何万するんだと突っ込みたくなって留まる。
相手は暁彦さんだった。言うだけ無駄だ。
「私は違うものにしようって言ったんだけど、腕時計がいいって言うから。中高校生が持つようなものじゃないと思うんだけど」
カパッと箱を開けると、文字盤中央に白のチェックが控え目に入っている。文字盤自体が黒だから落ち着いていて、暁彦さんの好みに合いそうだった。
「それを見つけた時は既に夕方だったからね。あまり君を連れまわすのも良くない」
「気にしなくていいって言ったじゃないですか」
「君がよくても親御さんにご心配をおかけするわけにはいかないだろう」
目の前でそう言いあう二人は、言葉とは裏腹にどこか楽しそうで、暁彦さんも笑ってこそいないもののいつもの厳しい表情ではなかった。
あーあー…楽しそうにしてくれちゃって。
このプレゼントも二人で選びに行ったって?
朝から、これを見つける夕方までずっと一緒に捜しまわってたんだろうね。
―――ほんと、嫌になるくらい仲いいじゃん。
あの暁彦さんが何とも思ってないはずの香穂子を遠ざけるどころか、わざわざ従弟へのプレゼント選びにつき合わせるなんて、絶対にあり得ない。
暁彦さんは否定するだろうけど、この人が誰か一人をそんな風に「特別扱い」するってことは「そう言うこと」なんだろう。
香穂子がまだ高校生だから何もないだけで、卒業したら二人の関係は決定的になるんだろうなって、そう確信できる距離に二人はいるんだろうと思う。
「…もう過ぎたことですし、私が買ったわけじゃないですからいいですけど別に。で、どう?それ気に入ってくれた?」
「え、あ、うん。暁彦さん、ありがと」
「礼は彼女の方に言うべきだろうな。最終的にそれを選んだのは彼女だ」
香穂子の方を見ると、少し照れたような、困ったような表情だった。
「そのデザインはさすがに大人っぽすぎるかなとも思ったんだけど、綺麗だったし、衛藤くんが似合わないわけでもないかなと思って」
「俺、これ似合いそうなの?」
「普段の服じゃダメだろうけど、正装した時なら絶対に合うと思う!」
勢い込んで言う香穂子に思わず笑ってしまう。
そんなに力強く言うことじゃないだろ。
「あーはいはい、ありがと。なんか、二人のデートのだしに使われてる気がするけど、まぁいいか」
「デート!?」
「…桐也……」
慌てた香穂子とは逆に、脱力したような暁彦さんは軽く俺のことを窘めるような視線で見てくる。
「冗談もいい加減にしてくれないか。彼女とは何でもないと…」
「じゃあ、俺が香穂子をデートに誘っても文句ない?」
「……」
この上もなく嫌そうな、不機嫌そうな表情で沈黙される。
「…桐也、どこからそんな発想が出てくるんだ」
「暁彦さんがいいって言うなら誘うんだけどな」
「別に私じゃなくても、衛藤くんならいくらでも女の子誘えるでしょ?」
「そりゃ誘えるだろうけど、香穂子がいい、って言ったら?」
「え」
本気にしていなかったのか、その言葉で香穂子は押し黙った。
「悪いが彼女がいいと言ってもそれは無理な相談だ」
「なんで?暁彦さん関係ないって言ったじゃん」
「お前には悪いと思うが、これから先、彼女の予定は全て押さえてある」
厳しい表情で、できれば言いたくないと言うような表情で続けた。
「―――これから先すべて、だ」
帰り道。
ひとりで家へ向かう道を歩いていた。
香穂子のことは暁彦さんが家まで送るらしい。
(分かってたけど、ああも言い切られるとは思ってなかったな…)
いつ訊いても「彼女はただの広告塔だ」としか言わない暁彦さんが、あんな風に言い切るとは思わなかった。
さっきも、すべて押さえてあるなんて言っておきながら、すぐに「彼女にはこれから先コンクールや学院のPR活動に勤しんでもらう予定でね」などと誤魔化された。
それにしても。
ただの冗談のつもりだったのに、いきなり突きつけられるとは。
(何で誕生日に改めて失恋突きつけられなきゃいけないわけ?)
暁彦さんも来るって言ってもらえてたら、あんなところ行かな―――かったとは言えないかもしれない。
あの二人の仲良さそうなところ見ることになるってわかってても。
暁彦さんの煮え切らない態度に、イラつくだろうってことが想像ついても。
(――やっぱり香穂子に会いたかったから)
学校が違う今、なかなか会う機会なんてなくて、今日だって会うのはほとんど1か月ぶりのようなものだった。
メールを貰った時は嬉しかったし、俺のこと忘れてなかったんだって安心した。
顔を見たら前と全然変わらないボケっとした笑い方で、やっぱり可愛いななんて思ってた。
あいつが選んだのは暁彦さんだって分かってたはずなのに、変わらない態度を見てるとどこかで無駄な期待をしてる自分がいた。
なんか俺、ただのバカみたいじゃん。
もう遅いんだって分かってるのに。
俺が今更何をしても遅いんだって、誰が見ても分かり切ったことなのに。
「誕生日一番に、『一番に言いたくて』とか特別っぽくメールして来んな、バカ」
本当最悪。
人の気持ちとか考えたことないだろ。
絶対この先言ってやるつもりなんてないけど、俺の気持ちに気付く気もないだろ?
年上なら年上らしく、たまには余裕で人の心情察しろよ。
罵倒しようと思えばまだまだ行けそうだ。
―――それでもやっぱりあんただけだなんて思う俺が一番バカなんだろうな…
バカでも諦め悪くても、やっぱりあんたが好きだって気持ちだけは悔しいくらい変わらない――変えられない。