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ああ、すっきりした

「あなたのことなんて大っ嫌い」







 ただ見るだけのつもりだったの。
 葵の好きになった女の子って、実際に見るとどんな子なのかなって。
 葵に写メだけは、前に見せてもらってた。
 本物は、ぱっと見た感じは、可愛いと言えなくもないけど、十人並み。明るくて、友達は多そう。
 紅い髪が印象的な子。
 それだけ見れたら、もう帰るつもりだった。実際に、その子に背を向けて歩き出してもいた。
「あ、先輩!」
「日野さん。待っていてくれたの?」
 え?
「はい、今日はオケ部の練習がある日だから。きっと来るんだろうなって思っていて」
「春頃は一日おきに来れて居たんだけどね・・・」
「仕方ないですよ。ヴァイオリンのレッスン、大事じゃないですか?」
 話し始めた相手は、めがねをかけていて、女の子と同じように赤い髪の男の人だった。優しそうで、暖かい雰囲気を纏った人。大学生くらいだろうか。
 なんだろう。あの二人は、どんな関係?
「日野さん、王崎さん」
「加地くん!」
「加地くん、久しぶりだね」
 突然現れた葵に、思わず立ちすくんでしまった。
 離れたところから見ていたから、たぶん気づかれていないと思うけど。
「はあ、なんで二人に会っちゃうかな」
「え?」
「見せ付けないでくれますか?いくら冬で寒いからって、二人の雰囲気に当てられて温かくなるなんてことは、ないんですからね。寒くなるだけです」
 その言葉に、途端に慌て始める二人。
「いやだなあ、加地くん。そんなことないよ。ね、香穂ちゃん?」
「そうだよ!」
 ああ・・・・・・・そうか。
分かった。葵、振られたんだ。
分かった瞬間。妙にイライラした。
 何この気持ち。喜べばいいじゃない。私、葵のこと、好きだったんじゃない。
 今もでしょう?ほら、葵、今でもフリーだって。
 あの子のために転校までした葵が、あの子以外と付き合ってるはずないよ。今話しかけて、昔話でもしてれば、懐かしくなって少しは私のこと意識してくれるかもよ?
 そう思っただけだった。
 葵に話しかけるつもりだった。久し振りだね、会いに来ちゃったよって。

「あなたのことなんて大っ嫌い」

 ぽかーんとした表情を、3人ともが浮かべていた。
「へ?」
「あの・・・君、ええと・・・」
「上條・・・・・・・・?」
「葵のこと振ったあんたなんて、大嫌い!葵が好きだって言ってくれたのに、振ったあんたなんて、大嫌い!!!」
 訳の分からないことを言い始めた私に、「日野さん」と「王崎さん」は、まだぽかんとしている。
「は、なんで上條がこんなところにいるの?ごめんね、日野さん、王崎さんも。この子、何か・・・。ちょっとこっち来てくれる?」
「離して!まだ言い足りない!」
「落ち着いて!日野さんたちが、何だって言うの。ほら、こっちだよ」
 そのまま、私は近くの公園まで連行された。

「で。いきなり何なの」
「・・・・・・・・・・・」
「黙ってないで、何か言ってよ?」
「あの子嫌い」
「なんで?僕は好きだよ」
 なんでは私が言いたい。なんで、そんな無神経なこと言うの。
「葵があの子のこと好きだから、私はあの子が嫌い」
 それを聞いて、葵は心底呆れたようにため息をついた。
「それじゃあ、妬いてるようにしか聞こえないよ。僕と上條は、そんな関係じゃないよね?」
 葵にしては、珍しいほど責めるような口調だった。
「中学校で同じクラスで、女友達の中で一番仲良かったけど、僕たちは付き合ってなかったよね」
「それでも!葵は、私の気持ち知ってたはずだよね!?」
「それは上條も一緒でしょう?僕が上條を友人としてしか見てないってこと、知ってたはずだ」
 黙るしかない。分かってた。葵の転校をメールでのやり取りの中で聞いたとき、最後通告のように、実感したことだ。
「挨拶もなし。突然出てきた女の子に、いきなり好きでもない男子を振ったから嫌いだなんて言われて、理不尽だと思わないの?」
「・・・・・・・・・」
「言ってることも矛盾してる。振られた僕を歓迎しても、振られたことを責めるのは変だよ」
「分かってるけど、葵がかわいそう。転校までしたのに・・・ッ」
 そう。あの子は、何もわかってない。葵がどんな思いで、転校までしたと思ってるの?
 全てはあの子のためだったのに、簡単に振ってしまって。
 あの「王崎さん」と呼ばれたあの人が、彼女の恋人なんだろう。
 優しそうな人。柔和そうで、人の幸せを見ているのが大好きそうな人。
 でも、納得できない。葵の何がいけないの?優しい。格好いい。とても純粋に人を想える。正義感が強い。自分の意見を人に押し付けるようなところがないわけじゃないけど、葵の言うことだって正論だったりすることが多い。
「そのことと、僕が日野さんに振られたことは関係ないよ。謝って」
「誰に?」
「日野さんに。迷惑かけたでしょう?」
 悪いことしてないよ。葵が言えないから、私が代わりに責めてあげたんだよ。
 葵だって言いたかったことでしょう?思わなかったの?自分の何がいけないの?って。思わなかったはずないでしょう?
「謝ろうね」
 無理矢理、明日謝ることを約束させられた。
 私、悪くないよ。


 翌日。
 言われた時間に、星奏学院の正門に行くと、葵と日野さんが待っていた。
「・・・上條さん、だったっけ。ちょっと、向こう行こうか?」
 少し複雑そうにしてから、日野さんはそう言って敷地の中を指さした。
「加地くんは来ないでね!」
「え、でも・・・」
「女同士で話したいんだよ」
 言われるまま、葵だけを残して日野さんに着いていった。

 着いた場所は、広い中庭のような場所だった。池があって、その隣にはベンチもある。
「初めまして、も変だけど、日野です。日野香穂子。ほら、座って座って」
「・・・・・・上條、綾」
「うん、聞いてる。・・・・・・中学校時代、加地くんの一番の友達だったって」
 友達のところだけ言いづらそうにした。
 実際には、私が葵を友達とは見ていなかったと分かっているけど、葵がそう紹介したんだろう。そういう人だった。優しいけど、絶対に勘違いさせてなんてくれない人だった。
「・・・・・うん」
「昨日、上條さんと加地くんが話したことも聞いたよ・・・」
「謝らないよ」
「うん。分かってる。私が上條さんの立場でも、謝らない。謝れない」
「え?」
 そんな返事が来るなんて思わなかった。
「昨日いた男の人。あの人が私の・・・付き合ってる人なの。王崎信武って言うんだよ」
「なんとなく・・・分かる、かな」
「ちょっと惚気ていいかな。最初に出逢ったのは、春先なの。音楽コンクールがこの学校で開かれて、その時に相談に乗ってもらってたんだ。コンクール終わったら、会う機会もめっきり減ってたりしたんだけど、秋からこの前のクリスマスまでコンサートをやる機会があって、王崎先輩はヴァイオリンコンクールに出ててね、そのとき」
 音楽のことは全然分からないけど、コンクールやコンサートくらいなら分かる。
「それがきっかけでね、仲良くなったの。加地くんも、コンサート一緒にやったりしたんだけどね。それで、加地くんとも仲良くなったの。でも、あなたにとって一番大切なのが加地くんであっても、私には王崎先輩だった。コンクールなんて慣れないところに身を置いていても、いつも私を気にかけてくれてメールくれたりしたし、コンクールでめげそうになったとき、いつもわたしの声や音を必要としてくれたのも、先輩だったの。だからかな。私も先輩を一番頼りにしてるし、何かあったら先輩に相談したい。先輩が好きだから、そう思う。ね、それって分かる?」
「・・・・・・・・・・」
「加地くんは好きだけど、恋愛感情じゃない。それって、みんなあると思うんだよね。友人として大好きって思うこと。それが、私にとっての加地くんだったりするんだよ」
 なんとなく、分かる気はする。でも、やっぱり葵が可哀想という気持ちが抜けるわけもない。
「もし、私があなたの立場で、王崎先輩が加地くんだったとしたら。王崎先輩を振った人に、同じようなこと言っちゃうと思うんだ。王崎先輩のことちゃんと分かってあげてる?って。こんなに優しい人、温かくて、幸せな気持ちを教えてくれる人いるわけないよ!って」
「・・・・うん」
 でもね・・・・そう続けた。
「でもね、やっぱり、私も知らないんだよ。王崎先輩が選んだ人が他の人を好きなんだとしたら、その相手はやっぱり王崎先輩とはまた全然違う魅力があって、その魅力の方がその女の人には重要だっただけの話なんだよ」
「・・・・・あ」
「みんな、思うことって違うから。同じ人なんていないから、それぞれの良さがあるし、重きを置く場所も違ってくる。加地くんは優しくて、楽しくて、華がある人だと思うけど、私は王崎先輩がいいと思っちゃう」
「・・・・・うん」
 それから、思いっきり空を見上げて笑う。
「あ、でも、嫌いなところもあるんだけどねー」
「え?どこ?」
 思わず、身を乗り出して聞いていた。今まであれだけ惚気て、それで嫌いなところって。
 びしっと私の前に人差し指をたてて、真顔で言った。
「誰にでも甘い」
「は・・・・・・?」
「優しすぎ。たまに、私に対する優しさと、他の人に対する優しさの違いが見えなくなるんだよね・・・」
「ああ。そういうことかあ」
 思わず納得。そう言うところ、ああいうタイプの人は、あるかもしれない。
「ね、上條さんもあるんじゃない?加地くんの嫌いなところ」
「うーん」
 少し悩んでから、ふと思いついた。
「ある」
「本当に?!どこ?」
 それが本当に意外そうで。きっと、私が葵を嫌いだと言うなんて思ってなかったんだろう。いきなり知らない人をどなりつけるくらい葵のことを好きだといっているのだから、当然と言えば当然か。
 少し苦笑してから言う。
「人の感情を読むのが上手いのに、知らない振りする」
 キョトン。また、そんな顔をされた。
「私が葵のこと好きだったの知ってるのに、一番に転校するって言ってきたり、日野さんが好きだから転校するって言ったり、昨日も堂々と私の前で日野さんが好きだって言ってきた。そう言うところは、大嫌い!」
 一気に捲くし立てると。


 笑いがこみ上げてきた。


「あー・・・葵のこと大好きだけど、同じくらい嫌いかもしれない」
 少し複雑そうにしながら、日野さんは同意してきた。
「好きすぎて、嫌いになるときってあるよね」
「そう!好きすぎて、嫌」
 ちゃんと、笑えるんだ。
 大丈夫、ちゃんと笑える。

「ごめんなさい」

 今なら素直に思える。
 人それぞれだ。誰が誰を好きでも嫌いでも、誰かに何かを言う資格はない。
 だから「ごめんなさい」だ。
 また、少し驚かれたけど、「気にしないよ」って返された。



それから半年。
久し振りに手紙なんて書いてみた。

大好きで大嫌いな葵へ。

 元気にしてる?
 葵のことだから、未だに香穂に未練タラタラなんじゃない?いい加減、諦めて方がいいよ、本当。新しい恋、見つけなね!
 で、報告。
 新しい恋、私は見つけたよ。一つ上の先輩。名前は言っても分からないだろうから書かないけど、葵とは全然タイプが違うかな。
 少なくとも、文学少年じゃないね。外で身体動かすのが生き甲斐みたいな人だよ。
 まあ、葵も身体動かすのは好きだったけど。
 
 そうそう。聞いてるかな。香穂と、半年前からずっとメールしてるんだー!
 ずっと王崎さんとの惚気話聞かされてばかりだったけど、これからは私が惚気るつもり。いい加減、私も幸せ全開にメールしてやろうと思ってるよ。

 私はもう葵のことは吹っ切ったんだから、次は葵の番。
 じゃあね。もう、メールも手紙も出さないよ。
 あ、違うね。最後じゃない。結婚式の招待状だけは、いつか送ります。ちゃんと出席するように!
 さよなら。・・・・・初恋だったよ。大好きだった。
上條 綾






展開早すぎる上に、オリキャラですみませんでした。
振られても香穂子のことを庇う加地が書きたかった・・・んだと思います。
◇ 恋したくなるお題 〜片恋のお題〜
掲載: 08/05/06