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伝える相手は分かってるからね
 いつもの日常に紛れてしまうような、ごくごく普通の平凡な日の午後。
 授業も終わり、生徒はそれぞれ部活に励む者、勉学を続ける者、帰宅の途に着く者…様々だった。
 その中で加地はと言えば、当たり前のように香穂子を探して森の広場に来ていた。


「占い?あんた本当にそんなの信じてるの?」
 加地の耳に飛び込んできたのは、そんな一言。
(…あ、クラスメイトの―)
 香穂子を探して森の広場をぐるりと見回すと、一冊の雑誌を3人で囲んでいる女子がいた。
 クラスメイト――2年2組――の女子だ。
 どうやらその雑誌の占いページでも見ているらしい。
「何?信じちゃいけない?だってほら、ラッキーアイテムの黒のピンしてたらいいことあるって書いてあるよ?」
「だから何…。って、着けてきてるし」
「まーいいんじゃないの。信じてて本当に叶ったら喜べばいいし、叶わなかったらそれまでだよねーで済ませればいいし」
 占い否定派肯定派中立派が揃ったらしい。
 占いに頼ろうとは思わないが、話題の一つとしては好きな方。
「何読んでるの?」
 ひょいと覗き込んで、声をかけてみる。途端に、
「ひっ」
「ええっ」
「…びっくりした…」
 失礼すぎる反応を筆頭に、3人の声が重なった。
「あー、えーとごめんね。驚かせるつもりはなかったんだけど…」
「加地くーん、せめて足音立てるとかくらいしてよぉ」
「足音はさすがにしてたと思うよ?ね、みんな何読んでるの?占い?」
 苦笑しながらもう一度質問を繰り返して、開いた雑誌のページを覗き込む。
 派手に星やらハートやらが飛び交うページは、やはり星占いだった。
「あっ、そうだ。加地君って占い好き?この人、よく当たるって評判なんだよ」
 占い好きなのだとよくわかる意見で、一人が雑誌を加地に差し出す。
「嫌いじゃないよ。いい結果の時しか信じないけどね」
 笑って言えば、3人とも釣られておかしそうに笑う。
「えーっと、さそり座は…」
「加地君はさそり座なの?」
「うん、まあね。…えーっと、『願いに一歩近づくことができるでしょう』?」
 明らかに適当に思いつきで書いただろうと突っ込みたくなるような簡素な文に、思わず苦笑が漏れる。
「願い…か」
「何かあるの?願いご…って、あれ…?」
 つまらなそうに雑誌を眺めていた、占い否定派の子がきょとんとした表情で加地の後ろに視線をやる。
 釣られたように加地も、女子二人もそちらに目をやる。
 そこにいたのは、
「ああ、王崎さん、今日は来てたんだ」
 加地の一言で、それまで苦笑いで友人二人のやり取りを見ていた中立派の子の目が輝いた。
「王崎さん!?やっぱりあれ王崎先輩!?うわぁっ、え、とりあえずサイン貰っておくべき?」
 いきなりのテンションの上がり方にたじろぐ加地と、慣れた様子で溜息をつく女子二人。
 友人たちの中では、この子のテンションの上がるタイミングは慣れたものなのかもしれない。
「あれ、加地君。こんにちは」
 加地に気づいたらしい王崎が、目を輝かせる女子には気づかないようで、ニコニコと加地に歩み寄る。
「君たちもこんにちは。加地君の友達?」
「ええ、クラスメイトで。今、ちょっと占いの話をしていたんですよ」
「へえ」
 王崎も軽く雑誌を覗き込むようにして、それから女子たちにいつもの爽やかな笑顔を向ける。
「君たちはこういうの好きなの?というか、女の子は占い好きな子が多いイメージなんだけど」
「大っ好きです!」
 言ったのは中立派だったはずの子だ。
「へぇ、やっぱりそうなんだ。俺はあんまり気にしたことがないんだけど、そういうのって可愛くていいよね」
 王崎以外が言ったら馬鹿にしてるのかと思われそうだが、一切の嫌みなしで心からそう思っていることがよくわかる。
 そんな口調だった。
「――あ、そうだ、加地君」
「はい?」
「香穂ちゃん知らないかな?今日、ヴァイオリンの練習をみる約束してたんだけど」
 コンミス試験が近い。
 アンサンブルはともかく、香穂子個人の技術面は王崎がほとんど面倒みている状態だった。
 以前は月森や土浦を筆頭に、柚木や志水も見ていたが、今は王崎。
 それぞれのメンバーはアンサンブルだけでも大変なのだからと言ってしまえばそれまでだが、王崎と何かあるのかと穿ちたくもなった。
「いえ…僕も今探していたところなんですよ」
「おかしいな。約束の時間の前にいつも来てるんだけど」
「あ、じゃあ私たち探してきますよ!」
「え?」
 中立派“だった”女子は、満面の笑顔で繰り返す。
「先輩は行き違いになったら大変だから、ここにいてください。もう少しすれば来るかもだし、見つかったらすぐに行くように言いますから!」
「いやでも悪いから」
「そんな…!全然気にしないでください本当に先輩のお役に立てるだけで嬉しいので!」
 行こう!友人2人を引きずるようにして出口へと駆けていくのを見送る。
「元気だなぁ、高校生って」
「何年寄りじみたこと言ってるんですか?王崎さん」
「はは、これだけ年の差があると、おじさんだなと思うようになるよ」
 そこでハタと気づいたように、先ほどまで女子たちが座っていたベンチに視線が止まる。
「あ…、置いて行っちゃったみたいだね」
 星占いのページを開いたまま、ぼつんとそこに雑誌が残されていた。
「急いでたから忘れたんですね。明日、僕の方から返しておきますよ」
「うん。ありがとう…て俺が言うことなのかは分からないけど。…星占いか。女の子はそういうの好きなんだね」
「あー…そうみたいですね」
 さっきのあの子は、目の前のこの人のせいで星占いが好きになったに違いない。
「加地君は結果どうだったの?よかった?」
「どうなんでしょう。願いに一歩近づくらしいですけど、それらしい気配はないですね。というか、絶対叶わない願いですし」
 あっさり言ってのける加地に、少し意外そうな表情で王崎が応じる。
「加地君が?」
「何驚いてるんです?音楽に関しては、叶わないことばかりでしたよ」
 そう爽やかに笑って見せる加地に、王崎は一瞬複雑な表情を浮かべ、誤魔化すような笑顔に変わる。
「それに、僕が真っ先に思いついた…思い出したっていう方が正確かな?そういう願いは、音楽じゃないですし」
「へえ。どんなこと?」
「日野さんにもっと早く出会っていたかった、ですよ。当然でしょう?」
 爽やか…という表現は合わないかもしれない。むしろ、愛しいものを目に入れた時の甘さで微笑んだ。
「あ。王崎さん、コンクールの時期の彼女の話、聞かせてくれませんか?」
「それなら、新聞部が特集を組んで何種類も発行してると思うけど」
「それはセレクションそのものの時のですよね。そうじゃなくて、その時期の彼女の練習とか、休日どうしていたかとか」
 そういうと、少し悩んだようにしながら、あまりよくは知らないけどと前置きして話しだす。
「休日は、前に加地君も言っていたように公園や駅前でよく見かけたかな。合奏もよくやったよ」
「王崎さんと日野さんの合奏!?ああ…それを聞けなかったなんて、心底惜しいことをしたと思いますよ」
 がっくりと肩を落とす加地をおかしそうに笑って続ける。
「一緒に遊園地に行ったこともあったし、帰り道で会ったこともあったね。あとは…うーん、色々あったけど、駅前でケースを抱えてたのも見たね」
「ケースを抱えてた?」
「誰か待ってたんじゃないかな。カフェの近くだったような気がするし。妙に気になって覚えてる」
「へぇ…誰だったんでしょうね。ケース持ってたってことは、誰かと合奏でもする予定だったんでしょうか」
 少し考えたようにした王崎だったが、分からないというように緩く首を振る。
「誰かに聞かせる為だったかもしれないし、合奏せるためだったかもしれないし。でも、」
 少し遠くを見るような目で、懐かしむような、少し寂しさを漂わせるような、そんな口調だった。
「でも、その音をおれは聞けなかった。彼女にしか奏でられない、あの輝くようなそこにしかない音、聴きたかったな…」



 切なく響いた声に、思わず自分が言ったのかと加地は錯覚とした。
 彼女の音を、どんな音でも聴きたかったと思ってた。
 コンクール参加者や、その傍にずっといた王崎や金澤が羨ましいとずっと妬みにも似た感情で思っていた。
 それなのに、王崎が目の前でいっそ苦しいとでもいうような声音で、呟いた言葉。
 ふっと自嘲の笑みが漏れていた。

「え、どうかした?」
「…いえ、王崎さんも僕と似てるのかなーと、そんなことを思っただけです」
 分からなくていい。意味なんて自分だけが分かっていればいい。
 そう思っての言葉だった。



「……うん。似てるよ、おれたちは」



 その一言で、王崎が香穂子をどんな想いで見守ってきたかが伝わるようだった。
 優しい先輩。それだけじゃなくて、もっと違う何か。
 そう気づいて、


「僕、本気で日野さんが好きだなって今、改めて思いました」
「え?加地君?」
「王崎さんにそんな風に想われる女の子って、奇跡みたいなものだと思うんですよね」
「えっと…意味がちょっと…」
「失礼承知で言うと、王崎さんって恋愛に疎そうなのに、それでも日野さんを選んだわけじゃないですか?王崎さんをそこまで変える女の子って普通はいないと思って」
 にっこり笑って言いきる加地を呆けたように見つめ、それから箍が外れたように笑い出す。
「さすがにそこまではっきり言い切られたのは初めてだよ。都筑さんでもそこまでは言わなかったのに」
 笑いすぎてうっすら涙目で浮かべている。
「香穂ちゃんは目が離せない、頑張り屋な女の子だから。…傍で助けたいってどうしたって思うよね」
 好きだと言い切らないことは、はっきり言い切る加地の前では逃げだろうか。
 そんなことを思いながら、王崎は眼の端に浮かんだ涙を拭う。


「似てるよね、おれたち」


 彼女の前ではちゃんと言うから。
 加地の前でくらいは、こんな逃げでもいいだろうか。




 まさかのシリアス!あんな馬鹿馬鹿しさで始まったSSなのに!
 ちなみに、微妙にVIBRATO(キャラソン)意識してたのは
 分かるでしょうか…?
 本当は王崎×香穂子のこれでもかってほどの惚気に
 辟易する加地を書きたかったのですが、なぜかこっちの方面に
 来てしまいました。おかしいな…。
掲載: 09/07/23