×
俺って愛されてんだな
 うん、世の中って絶対うまくいかないように出来てるなって分かってた。



「…何やってるの?」
「は?」


 星奏学院の正門前。
 生徒たちの下校時刻。今日は日野さんは用事があるらしくて一緒に帰れないと言われていたから、今日は一人で帰ることになっていた。
 明日は帰れるといいんだけど。
 そこまで思って、ふと正門に目をやると学ランで誰かを待っている見たことのある顔があった。


「葵さん。お久しぶりです」
 一瞬誰だろうという顔をされたあと、ああ、という言葉と共にその相手は笑顔に変わる。
 衛藤桐也。
 昔、同じヴァイオリン教室に通っていて3歳年下の子だった。
 やっぱり以前よりも断然大人っぽくなってるな、とつい微笑ましく思ってしまう。
 けれど、いきなりこんなところになぜいるのか。
「あれ、葵さんこの学校?」
 きょとんとした表情に変って問われる。
「まぁね。…それより君、どうしたの?」
「何って別に人待ってるだけ」
 軽く言われ、それから、
「あ、ねぇ。その制服だと普通科だよね」
「うん。どうかした?」
「じゃあさ、『日野香穂子』って人、知らない?」
「日野さん?」

 なんで日野さんのことを知ってるの?
 聞きそうになってから思い出した。
 ……日野さんから、何度か衛藤くんの話は聞いてた。特にコンサートのあとから。

「いや知らなかったらいい。そのうち出てくると思うし」
 知らないなら興味ないと言われてるのかと思うくらい素っ気なく言われ、衛藤くんは僕の肩越しに校舎を見る。
「日野さんは知ってるよ、もちろんね。ただ今日は土浦と…」
「土浦?」
「ああ、土浦って同じ普通科の生徒でね。今日は日野さん、土浦と練習してたみたいだよ」
「…へえ?」
「…あれかな、うん、出てきたね。日野さーん!土浦ー!」
 衛藤くんに釣られて校舎を振り返ると、タイミングよく校舎から出てくる日野さんと土浦を見つけた。
 思いっきり手を振ると、二人が笑ったのが分かった。
 日野さん、今まで練習してたの?
 そう声をかけようとしたとき、日野さんの視線が僕の後ろに向けられ、次の瞬間には走り出す。
 え、なんだろう。
「ごめん!やっぱり待たせちゃったよね?」
 日野さんが駆け寄ったのは衛藤くんに、だった。
「待たされたけど……何か俺が喜ぶことしてくれたら許す」
「いきなり何それ!?」
「罰ゲーム」
 親しげに、そんな軽口を交わしている。
「…日野、こいつ誰だよ?」
 そんな様子に、土浦が不機嫌な様子を隠そうともせずに言う。
 ……僕も自分で分かりやすいとは思ってるけど、土浦だって変わらないような気がするよ…。
「うん?あれ、紹介してなかった?」
「初めて見た顔だな」
「香穂子、あんたって学校外のことあんまり話さないの?俺には学校のこと結構話すのに?」
 衛藤くんが不満そうに目を細める。
 そんな様子がおかしかったのか、対照的に日野さんは笑い出した。
「何?なんで笑われてんの俺」
「可愛いな〜って思ったらつい…」
 まだ笑ってる。……そんなに笑うようなことかな。
「顔見たのは初めてかもしれないけど、前に言ったよね。コンサート期間中、ヴァイオリンの練習を見てくれてた人がいるって」
「あぁ、衛藤………桐、也?」
 辛うじて思い出したらしい土浦が、ようやく厳しい視線を和らげた。
「初めまして、俺はあんたの名前知らないから呼べないんだけど」
「土浦梁太郎。日野と同じ普通科2年」
「よろしく」
「お前の話は日野からよく聞いてたんだ」
「うん、久々に会った気がしないくらいには日野さんから聞いてたよ」
 意外そうにした衛藤くんは、すぐに嫌そうに視線を日野さんに向けた。
「何、俺の話って?生意気とか、自信家とか?」
「それは聞いたことないね」
 僕の否定に、日野さんもニコニコ笑って同意してる。
 ……その様子も物凄く可愛らしいって言ったら土浦には嫌な顔されそうだと思うから言わないけど。
「その逆。ヴァイオリン上手いとか、練習を嫌な顔一つせずに見てくれるとか…」
 僕の言葉を引き継いで、
「………笑った顔が可愛いとか、応援してくれると頑張れる気がするとかもあったかもな」
 土浦が視線を衛藤くんから逸らして言う。
「なに、あんたそんなこと言ってたの?」
「本当のことだよ。全部その通りだし。ダメだった?」
「いや別にダメって言うかさ……」
 日野さんの言葉と満足げな表情に、何かを思いついたと言うような表情でニヤッと笑う。



「あんたもさ、本当に俺のこと好きだな」



「…………はい?」
「なに抜けた顔してんの。俺、愛されてるよなーって今実感したんだけど違うの?」
「好きだよ?好きだけど、なんで今?」
「なんで今ってなんで?今の、二人に惚気た話だろ?」
「違うよ!?」
「違くないよな?そう思わない?二人とも」





 世の中、好きになった相手が必ず自分を好きになってくれるなんてことはないって分かってた。
 だから日野さんの傍にいられればいいって思ってたし、それで充分すぎるほど幸せだった。
 でもこうして目の前に当然のように日野さんから「愛されてる」なんて言いきれる人間が存在してるって分かるとさ。



――――――なんでこんなに、日野さんに出逢えたっていう宝物みたいな奇跡を恨みたくなるんだろう?




 いきなりシリアス!すいませんでした。
 最初は衛藤視点で書き始めたんですが、
 途中で加地視点に書き換えたのが…。
 いろいろ空回ってるorz
◇ 確かに恋だった 〜自惚れる彼のセリフ〜
掲載: 09/03/05