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想うだけだから

 第一印象は『まあ、可愛い子かな・・・』だった。


「オイ・・・、俺は歌わないからな。って、聞いてるのか、鈴原」
「聞いてるよ。てか、ここまで来ておいて、それ言うか!?みんな、楽しみにしてるんだって。な、日野さん」
「え?・・・あ、そうですね。土浦君、歌わなきゃ」
「お前まで・・・・」
 はぁー。
 本気で人付き合い悪いな!
土浦が来ないって言うから、丁度いいと思って日野さんを誘ってみれば、香穂子が行くなら俺も行く。なんて、心の狭い台詞を吐いて。
別に、お前から日野さんを横取りしようなんて恐れ多いこと、誰もしないよ!
「そんなに嫌なら、もともと来なきゃいいだろ。俺たちは、日野さんに来て欲しかっただけなんだし」
「香穂子誘う前に、俺を誘ってただろうが」
「気のせいだ」
 何言ってんだ、と苦々しく呟く土浦の声を背に聴き、日野さんへと視線を向ける。
 必死に笑いを殺して、耐えている。
 コンクール中から、この二人は仲がいいって噂になっていた。コンクール終わってすぐくらいに、付き合いだしたと聞いている。
 女子を寄せ付けない土浦とよく一緒にいられるな、と思う。現に、みんなも疑問に思っているし。
「日野さん、もうすぐ着くからね。カラオケとか、あんまり行かないの?」
「うーん、何度か連れて行かれましたけど、ほとんど歌わずに帰ってきちゃったかな。音痴だから・・・」
「奇跡のコンクール優勝者が?」
 笑いながら、冗談交じりに言うと、「それと音痴は関係ないのっ」と、顔を真っ赤にして反論してくる。
「あははー、面白いなぁ、日野さんは。土浦が好きになったのもよく分かる」
「なっ・・・、鈴原!」
「鈴原君!?」
 息もぴったり。
「はい、着いたよ。もう、みんな入ってるから」
 そう言って、二人の言葉を聞き流し、友達の待っている部屋へ進んでいく。
「天羽さんも来てるって。同じ普通科だけで集まったけど、みんな土浦の友達だから緊張するかなと思ってさ」
「あ、うん。ありがとう、少し心配だったんだよね・・・」
 ほっと安堵の息を吐き、にっこりと微笑んで見せてくれる日野さん。
 うっ。その笑みがどんなに可愛いか、自分では自覚がないんだろう。だから、あっさりとそんな笑みを零してくれるんだ。
「あ、ほら、ここ。・・・入るよー」
「あ、待ってたんだよ。そっちの人、日野さんだよね?初めましてー、安西です」
 クラスメイトの安西多恵子が、日野さんににっこりと挨拶する。
 すると、みんなつられたように、自己紹介していく。
「初めまして、日野香穂子です」
 勢いよく頭を下げ、ニコッと笑う。
 男子は、冗談のような口調で「うわー、可愛いじゃん。廊下とかで少し顔見たときも可愛いと想ったけど、ちゃんと見ると、なお可愛い」などともてはやす。
「おい、俺の彼女なんだって分かってるか?」
 イラついたように言うが、誰も聞いていない。
 日野さんは、さっさと女子に囲まれている。天羽さんがいるからかもしれないが、すぐに打ち解けられそうな雰囲気だ。
「ッく、聞いちゃいねえ」
「あはは、ご愁傷様。可愛い彼女持つと、不安だよなー」
「・・・どう答えればいいんだか」
 土浦をここまで翻弄できるのは、きっと日野さんくらいのもんだろう。
「じゃ、2時間しか借りてないんだから、できるだけ歌おうぜ!予約入れまくって」
 そう言うと、コードを入れまくる。
 もう、知ってる曲は全部。これだけ人数がいれば誰か歌えるだろう、という乱暴な考えの下に。

 一時間が過ぎた頃には、日野さんも打ち解けていて、既に3曲ソロで歌い、土浦や天羽、その他の友達とデュエットを4曲もしていた。
 今は、天羽さんと姉川がデュエット中。
 土浦は、さっき飲ませた酒が効いてきたようで、日野さんから少し離れた席で横になっている。
「日野さん、隣、いい?」
「鈴原君、聞かなくてもいいのに〜」
 笑いながら、ウーロン茶を口に含んだ。どうしても、お酒は飲みたくない、と言ってウーロン茶を飲んでいる。えらく真面目なことだ。
「偉いな、ウーロン茶で我慢してて」
「土浦君が飲んじゃったから、送らなきゃいけないし・・・」
 逆だよね、とクスクス笑っている。
 つられて俺も笑う。
「じゃあ、日野さんは俺が送るかな」
「えー?悪いよ、大丈夫」
「いいって、俺が送りたいだけなんだから」
「ははっ、最近、男の子が妙に優しいんだよね。前は、お前一人でも帰れる、なぁんて断言されてたのに、土浦君と帰れないって言うと、誰かしら声掛けてくれるようになったんだよ?」
 不思議だねぇ、と本当に不思議そうに言う。
 そうすると、苦笑いするしかなくって。他の話題を探した。
「あ、ねぇ。次、俺と歌わない?」
「ん?いいよ」
「次、デュエット曲入れてあるみたいだし」

 結局、土浦は、時間が来るまで起きられなくて、俺が土浦に肩を貸し、日野さんが、俺と土浦の分の荷物を持つことになってしまった。
「こいつも弱いよなー。たった、2杯でこの様で」
「高校生が飲んじゃダメなんだよー?」
「あと3年で飲めるようになるんだから、今から飲んでも悪くない」
 悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言うと、「悪いんだー」と悪戯っぽい笑みで返してくれる。
「あ、ここ、土浦君の家。ちょっと待っててね」
 そう言うと、彼女はインターフォンを押す。
「こんばんは、日野です。・・・・はい、えっと、梁太郎君が酔ってしまって・・・・ええ。すみません、止められなくって。・・・いえ、私は・・・・はい。お願いします」
 そう言うと、こっちを振り向いて、開けてくれるって、と苦笑いを浮かべる。
 少しすると、ドアが開けられ、土浦の母親らしき人が顔を出す。
「まぁ、ごめんなさいね、重かったでしょう?」
 そう言って、玄関に寝かせてくれるように俺に言うと、心配そうに土浦を覗き込む。
「なんで飲むかしらねぇ・・・。前、それで痛い目見たでしょうに・・・」
 なぜか、日野さんが苦笑して「私は平気ですよ」と言った。
 なんだろう。
「え、っと。そちらは?梁太郎のお友達?ごめんなさいね、本当に。ありがとう」
「いえ。あ、クラスメイトの鈴原です。飲むの、止められなくってスミマセンでした」
「いいのよ、別に。高校生なんだから、飲みたいでしょうし。でも、自分がお酒に弱いってこと飲む前に思い出してもらわないと、香穂子ちゃんや鈴原君に迷惑掛けてしまうわよね・・・」
 本当に困った子なんだから、と深い溜息をついた。
「お母さん、それじゃあ私たちは帰りますね。梁太郎君に、おやすみなさいって伝えておいてください」
「ええ。今日はありがとう。・・・・あ、ちょっと待って!」
 そう言うと、家の奥に入って行ってしまう。
「?なんだろ・・・」
 すぐに戻ってきた、小母さんの手には小さなケーキの詰め合わせがあった。
「これ、今日、教え子のお母様から差し入れがあってね?私はもう食べたから、二人で分けて?」
「いいんですか?」
 俺は甘い物が嫌いじゃないからいいけど、貰ってしまっていいのだろうか?
「ええ。どうせ、この子は食べないし」
「じゃあ、ありがたく頂きますね。鈴原君、食べられる?」
「うん、俺は平気。ってか、好き」
 そして、家を出た。
「うわー、6個も入ってるよ・・・。俺、好きだけどどんなに食べても、二つが限界・・・」
「そうなのー?この大きさなら、3つはイケるね」
「日野さん、けっこう食べるんだ?」
「火原先輩のほうが食べるよ〜」
 誰だよ、火原って。
 そう思ったけど、すぐに思い出す。
 そういえば、そんな先輩が出ていたかもしれない。土浦と日野さんと、周りに流されて柚木先輩しか気にしていなかったけれど。
「・・・・ああ、あの元気そうな・・・・」
「元気そう・・・・っていうか、元気だよ。ビックリ」
「ふーん・・・?」
 何で、そんなに楽しそうに話しているのか。
 いや、多分、深い意味は無いに違いない。親しい先輩だから、ただ楽しそうに話しているだけだろう。日野さんにとっては、土浦しか見えていないのだから。
「・・・・鈴原君・・・・?」
「ねえ、そこの公園で食べていかない?ケーキ」
「う、うん」
 もう6時を過ぎている。
 小学生の姿もまばらだ。
 ベンチに腰掛けると、さっそく箱を開けてくれる。
「どれがいい?」
「んじゃ、コレ」
「はーい、どうぞ」
 手渡された、小さなケーキを一口。
 うん、おいしい。
「・・・ね、土浦といて、楽しい?」
「なあに?いきなり」
 気を害した様子も無く、笑っている。
「楽しいよ、うん。気を使わなくていいし、少しカッコつけてるのが分かって、そこが可愛い。せっかく、カッコつけても、今日みたいに酔い潰れちゃったりね」
「・・・・・」
「大好きだよ、私は。初めて付き合う人だしね、大事だよ・・・・。って、ゴメン!なに惚気てるんだろ〜」
 恥かしい〜、と両頬に手を当てて少し俯く。
「・・・・いいね、楽しそうで」
「え?・・・鈴原君、彼女いないの?」
「俺?いないよ〜、日野さんみたいな可愛い彼女が欲しい!」
「またー、そんな冗談を」
「冗談じゃないって」
 ふと真顔になると、え、と驚いたように固まってしまう。
「最初に会ったときから、ずっと好きだった」
「・・・・・・・」
 困ったように固まってしまっている。
 ・・・・分かってはいたけど、ここまで固まられると、なんとも傷つく・・・・。
「だ、大丈夫?日野さん?」
「え、や、うん。平気」
 いきなり顔を背けると、「えっ?え?」と自分の混乱を抑えようとしている。
「あ、のさ。別に、俺付き合ってとか言いたいわけじゃないから、知って欲しかっただけだしね。うん。気にしないで、忘れていいよ」
「・・・」
「大丈夫だって、土浦とはこれからも普通に友達続けて行けるし」
「本当に・・・?」
「心配性だなー。ホント、平気だから。・・・・明日、ちゃんと普通にしてるから」
「・・・・・・」
「今までどおり、土浦とも日野さんとも友達やっていきたいんだ。だったら、壊すようなこと言うな、って自分でも思うんだけど」
 ガシガシと頭を掻くと、とにかく、と続ける。
「明日、普通に話してもらえるかな・・・・?」
 別に振り向いて欲しいとかじゃないから。好きになって欲しいなんて望まないから。ただ、知って欲しかっただけだから。
「・・・・・うん」
 最後に笑ってくれて、嬉しかった。

 翌日。教室前の廊下。
「鈴原」
 ビクッ。
 土浦の声に、思わず驚く自分がいる。
「なんだよ、そんなに驚いて」
「い、いや・・?」
「昨日は悪かったな・・・・。まだガンガンするぜ・・・・」
「俺はいいから、日野さんにお礼言えよ」
「昨日電話で、礼、言っといた」
 あれだけ酔っていて、今日も二日酔いしているというのに、気合で電話を入れたらしい。見上げた根性だ。
「日野さんにはしたのに、俺にはなしか?!」
「だから、今言ったろう?うるさいなぁ」
 じゃあ、言ったから。
 そう言うと、さっさと教室に入っていく。
「・・・・・・礼なんて、されるようなことしてねぇよ。ゴメン・・・」
 土浦。
 友達だって言っといて・・・・友達だって本気で思ってるけど。
 友達だけど、彼女を想う心だけは、許して欲しい。
 邪魔しようとは思わないし、取る気も無いけど、想う心だけは。
 いつか、ちゃんと別の女の子(ひと)を好きになるから。それまでは、好きでいさせて欲しい・・・・。





鈴原なんて覚えてる人いるかな・・・。
土浦をカラオケに誘いまくっていたキャラです。
毎回のように出会うので結構印象深いです。
掲載: 08/05/06