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結局はただの相談相手

「なんでそれを俺に?」
「だって、土浦くんにしか相談できなくて・・・」
 分かっていた。
 どうせ日野は俺を「友達」としか思っていないだろうことは。
 それでもいいと、友人と言う立場に甘んじようと思ったことも事実だ。
 だからと言って、喜んで恋愛相談に乗ってやるほど落ちぶれたつもりはない。








 2年に進級したと同時に開催された学内コンクール。最初は傍から見ているだけでいいと思っていた。もう音楽に戻るつもりはない。完全に断ち切れるはずはないと心のどこかで分かっていた気もするが、もう人前で弾くことはないと思っていたのは紛れもない本音だ。それが、楽譜を拾ってしまって、その相手があまりにも頼りなさそうだったと言う理由で練習に付き合ったが運の尽き。学内コンクール参加が決まってしまった。
 結局、約一ヶ月の学内コンクール入賞と言う結果とともに、音楽の道に戻ってきた。
 全ての始まりは日野だった。
 学内コンクールが終わった後も、学科が違う他の参加者よりも、一緒にいる時間は多かった気がする。コンクール期間中も、色々あった。そんな中で、日野を特別意識していたのも自覚していた。それでも、何事もなく過ぎて行った春、そして夏。
 秋。突然の転校生・加地葵の出現と同時に、今度はチャリティーコンサート・OB会演奏・学祭開催・クリスマスコンサート。4回も開催されたコンサートがあった。
 そんな中で、一際頑張っていたのはやはり日野だった。
 自分の中で日野を想う気持ちに名前をつけたのも、このときだったと思う。
 中学時代の恋愛なんかとは違っていた。ちゃんと、相手を想う恋愛感情だった。
 それでも、日野は日野でそんな想いを俺ではない「誰か」に持っていただけの話だ。

「それ以前に。俺は、お前の付き合ってる相手の名前も知らないんだが?それでどうやって相談に乗れと?」
「う」
 昼休み。購買にレポート用紙を買いに来たついでにカフェテリアを覗いてみたら、傍目から見ても落ち込んでると分かる日野がいた。思わず、声をかけてしまったら、この有様だ。いい加減学習したらどうだ、俺。こんな顔してる時の日野に声をかけて、得したためしがあっただろうか。学内コンクールだってそうだろう。・・・・・・日野に出会えたこと、音楽の世界に戻って来れたことを思えば損だとは言い切れないが。
「でも、愚痴くらい聞いてくれたって・・・」
「分かった。愚痴は分かった。で、なかなか相手と会えなくて、声も聞けない日々が続いていると」
「・・・・うん」
「相手は王崎先輩か?」
「はい?」
 きょとんと、何の話だと言わんばかりの素の表情だ。違ったのかおい!
「・・・・・・・・・違うのか?」
「・・・・・・・なんで王崎先輩と思うのかが分からない。先輩は、私なんかできの悪い妹くらいにか思ってないと思う」
 ・・・・・・・・・。
 ここは、泣いて同情すべきところなんだろうか。
 輝かしい成績を持ち帰った、星奏学院附属大学3年生は、いつも日野とのメールや電話、ヴァイオリンの音に励まされたと言っていた。その言葉の裏にある感情には、気付きたくなくとも気付いてしまった。
 が。日野には、少しも伝わっていなかったらしい。出会った去年の春からこの冬まで、安全牌もいいところな、相談役に徹していたのが敗因か。
 妙に冷静に分析していると、「違うよー」とため息が聞こえた。
 じゃあ、誰なのかくらい教えろ。
「相手が誰だか分からないから、一般的なアドバイスしか出来ないが、普通に考えて、1週間会わないなんて、不自然じゃないか?やめちまえばいいじゃないか、会ってくれって言っても、会えない相手なんて」
 半ば投げやりな口調で、ある意味、俺の本音を言ってみた。
 どうせ、女なんて「そんな簡単に諦められるはずないでしょ!」などと怒鳴ってくるんだ。だったら、相談なんかせず、自己解決しろと言いたくて堪らない。
「・・・・・・・・・・迷惑かなあ・・・」
「ん?」
「私、子供だから、迷惑かけてるかな。だから、嫌がられてる?いつも一緒にいて欲しいって思っても、実際はそんなの無理なことくらい分かってる。好きだって言っていい相手じゃないことも分かってる。・・・・・迷惑かなあ」
 辛うじて泣いてはいないが、泣き出してもおかしくないというような表情で耐えている。
 場所が場所なら、泣いてるんじゃないのか。
「相手が、会いにくるなって言ったのか?」
「・・・・・・」
 無言のまま、首を横に振る。
「相手に、嫌いだって言われたわけじゃないだろ?」
「うん」
 やっぱり頼りなさげで。
 泣き出しそうで。
 出会ったときと微かに被る表情だった。
 


「大丈夫だから」


 え?という表情で、顔を上げる日野。
「お前が思うほど、相手は避けてる訳じゃないと思うし、お前自体は何も変わってないんだから、相手が嫌うはずないだろ?」
「そう・・・かな」
「だと思うぜ?」
 それから、思いっきり笑顔になる日野。
「うん!ありがとう!なんか、元気出た!! いつも一緒にいるのはまずいって言われただけで、来るなって言われたわけじゃないもんね。会いたかったら、行っていいよね!」
 こんな笑顔で、何が嬉しいんだと思ってしまうが、日野にしてみれば、嬉しいんだろう。
「行ってくる!」
「は?あと15分で授業だぞ?」
「大丈夫、学内なんだから、走れば行って帰ってこれるよ」
 そのまま走り出しそうな日野に、とにかくこれだけ聞いてみる。
「どこ行くんだよ!?」

「お・・・・・ううん、内緒だけどね。行ってきます!」




 結局は、相談相手でしかなくって。
 しかも、相手が誰かも教えてもらえなくて。
 それでもあいつの一番の友人は俺だと、自惚れでもなんでもなく確信できる中途半端な時間を過ごす高校3年の2月。
 相手の恋人を知ることになったのは、数日後の卒業式の後、正門でのことだった。

「そりゃ、名前言えるはずないな・・・・」

 卒業証書を持って、日野がいきなり抱きついて相手は、やる気のなさで有名な金澤だった。
 全校生徒が見ていて、OB――柚木先輩や火原先輩、王崎先輩もいた――、父兄もいるなかでのできごと。

 大好きです――と抱きついた日野に、これ以上ないほど愛しさを傾けながら、「卒業、おめでとう」と言った金澤を見て、納得した。
 自分の出る幕なんて、結局のところはなかったのだ。
 でも、素直に祝福はできなくて。「おめでとう」と心の中だけで呟いて、早々に正門をあとにした。

 正門によりかかりながら、苦笑めいた表情で金澤と日野を見ていた加地と月森を見たのは、見間違いではないんだろう。

「土浦」
 加地が気付いて、声をかけてきた。月森が一瞬、嫌そうな顔をしたように見えたが、いつものことだ。
「よう。あの二人か?」
「まあね。日野さんも、趣味が悪いと思わない?――僕たち3人から選べもしたのに、わざわざ先生選ぶなんて」
「! 俺は別に・・・ッ」
「月森・・・慌てすぎ。バレバレなんだから、今更だよ」
 慌てる月森に冷ややかな視線を流しながら、加地が言う。
「ね、土浦も思うよね?」
「本当だよな」

 ちゃんと、強がれているだろうか。
 しばらくは辛いかもしれない。でも、分かっていたことだ。
 日野が幸せなら、それでいいと思う。

 せめて、ずっと友人であれればそれでいい。

「日野も、本当に趣味が悪いな」
 俺の桜は咲かなかったが、もうすぐそこに桜の季節が待っている。





2年生全員振られるのが書きたい!と思って、結局金日。
基本、2年生だからいいかな・・・と。
土浦は最後まで強がればいいと思うんです。
・・・加地って「月森君」呼びじゃないよね・・・?
◇ 恋したくなるお題 〜片恋のお題〜
掲載: 08/05/06