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Dream or Joke?
「なんで土浦はそんなに不機嫌かな…」




 学院全体に春の訪れを予感させるような暖かな日差しが差し始める頃。
 慌ただしかったコンミス試験も無事に終わり、オケも好評のうちに幕を閉じた。
 普通科の一生徒がここまでの成果を上げたことに理事たちも最終的には様々な方面で納得せずにはいられなかったらしい。
 生徒たちにまでは詳しい話は降りてこないが、理事会での理事長の発言権にも影響が出始めているようだった。



「加地、お前忘れたわけじゃないだろ?」
 そう言ってキッと目の前の相手を睨みつけたのは、とても繊細なピアノの音色を奏でるとは思えない土浦だった。
 3年から音楽科への転科が決まっているが、今日はいつも通りの普通科の制服だった。
 今日は香穂子も3年から音楽科への転科が決まっているため、春休み中は金澤を始めとした教師陣との個人レッスンの日だった。
 それを知った土浦と加地が激励目的に集まった。
「……忘れていないのは加地ばかりではないが、いきなり中学生相手に同じ目線で張り合うのはどうかと俺は思う」
「…月森、お前…」
 月森も、あと数日でウィーンへ旅立たなければいけないというのに、わざわざ時間を土浦たちに合わせて学院へ来ていた。
 香穂子の演奏をしばらくの間、聴けなくなる。
「いや、あんたたちが俺を恨みたくなる気持ちも分かるって言えば分かるんだけど、梁太郎さんは少し落ち着いたら?」
「衛藤君、それは君が言うことじゃないんじゃないかな?」
 さすがに引き攣ったのは加地だ。
 せっかく香穂子の演奏を聴きに来たというのに、当然のように学院のエントランスで休んでいた衛藤を見たときの衝撃と言ったら。
 しかも、声をかけてみれば当然のような笑顔で「香穂子待ってるだけだから気にしなくていいよ」と来た。
 その後、少し遅れてきた土浦とさらに少し遅れた月森が加わり、そのままエントランスで半ば睨みあいになっていた。



「お前、日野を待ってるとか言ってたが、あいつに吐いた暴言分かってて、その上で言ってるのか?」
「分かってるよ。それはもうあいつに謝った。あんた達が怒ってるのは香穂子のことだけ?」
 こともなげに言って見せることに若干呆れ果ててきた高校生たちだ。
「君が日野のことを気にかけて今日ここに来ていることはわかってる。君が日野となぜ知り合ったのかは知らないが、何か関係があるのもあのパーティーで分かった」
 そこまで落ち着き払って言った月森だったが、不機嫌に表情を歪ませる。
「だがあの時の彼女の音楽を否定して、彼女を傷つけたことは分かっているだろうか」
「だから分かってるって。でも、ああでも言わなきゃあいつは気づかないし、間違ったことは言った覚えないし。……まぁ、多少は反省したけど」
「反省したのに、よくここに来られるよね?」
 加地の笑顔は未だに引き攣っている。
 遠回しな嫌みが加地だったはずだが、嫌みにもならないほど直接的な言い方になってしまっていた。
 傍から見れば中学生を取り囲んで、高校生が何をしているのかという話だが、本人たちは無頓着に話を進める。
「だから、あんたたちの知らないところでちゃんと香穂子とは和解してるし、普通に会ったりもしてるんだって。今日だってこの後デートだし」
「和解してるにしたって……」
 さらに言葉を重ねようとした土浦が唐突に黙る。
 隣で話を聞いていた月森と加地は絶句していた。


(今、何て言った―――?)


 香穂子と和解してるし?―――和解してるかどうかなんて、こいつだけの言い分かもしれない。
 会ったりもしてるし?―――待ち伏せてるんじゃないだろうな。


―――今日だってこの後デートだし。


 何の話だ。
 デート?冗談だろうか。ただ単にこっちを挑発してるだけだろうか。
 真意を図りかねて、3人が押し黙る。
 この1年――加地は約半年だが――、香穂子という人間と一緒にいて、あまり一般の感覚からズレた人間だとは思わなかった。
 正直、柚木と親しいのはどうなんだと月森、土浦は春先から思っていたが、それだって別段おかしくはないことだった。
 ……柔らかい笑顔がたまに違う表情で香穂子を見ていたのはきっと気のせいだろうから。
 とにかく、普通の感覚をしているはずの人間が、あれだけ印象最悪な相手と付き合う?
 しばしの間、3人それぞれが考えて出した結論。

―――なんだ、冗談か。

 冗談、というよりは性質の悪い嘘だろう。
 香穂子が一生懸命音楽に打ち込む姿に心打たれたのは何も自分だけじゃないことを3人とも知っている。
 ここにいないメンバーでも、自分たちと同じ想いの人間はいる。
 オケメンバーにも親身になって接していたから、オケ以降から香穂子を好ましく思うようになった人間も多いだろうと思う。
 きっと、目の前の衛藤も同じだ。
 子どもの独占欲でそう言っているだけ。
 そう気づいてしまえば、3人とも表情を和らげる。
 そんなことで余裕を持てる高校生もどうなんだと、金澤や吉羅、都筑がいたら突っ込んだだろうが生憎といなかった。
 香穂子に対しての暴言は香穂子が許したとしても、到底許容できるものではない。
 だが、いま目の前でこのような可愛い嘘をついているあたり、まだまだ子どものようで少しは可愛げがある。

「まぁ、日野に憧れる気持ちも、分からなくはないか」
「日野さんの魅力にはどうしたって気づかずにはいられないものね」
「だが日野を困らせるような嘘は感心できないな」
 分かっていると言いたげな口調で宥め始める上級生に、衛藤の表情が険しくなる。
「なんで俺そんなこと言われてるの?」
「お前の気持ちはなんとなく分かる。オケからこっち、同じような奴増えてるみたいだし」
「俺と同じような奴が増えてるって?」
 少し混乱したような衛藤と、いっそ憐みの視線を向ける月森、土浦、加地。
 露骨ではないにしろ、確かに憐憫の情が透けて見えるのが苛立たしいったらない。


「あれ、何してるのみんな?」
 パタパタとエントランスに駆けこんできたのは、話題の日野香穂子だった。
 きょとんと4人を見つめている。
「あっ…と、衛藤くん、待たせちゃったかな?それとも3人と話しこんでた?」
「いや、なんか香穂子とこれからデートだって言った途端、憐れまれた」
「え、なんで?」
「俺が知るかよ。あんたからも言ってやってよ」
 不機嫌に腕を組みそっぽを向く。
「え?よく分からないけど…うん、これから海岸通り行ってくるね…?」
「日野さん、ちょっと待ってそれデート?」
「う、うん?多分そうかな…?」
「日野、彼に付きまとわれて仕方なくということではないのか?」
「いや、付きまとったのはむしろ私のような…」
「確かに、最初は新手のナンパかと思うくらいだったしな。まさかこんな子どもっぽい『おねーさん』に声かけられるとは思わなかった」
 からかう様な表情で衛藤が混ぜっ返す。
「あ、あれは別に…!分かってるよね!?」
「あんた、いい加減俺におちょくられるのどうにかすればいいのにな?真正面から返す姿勢も好きだけどさ」
「!?」
「………悪い、俺今軽く…」
「僕も、今のはさすがにちょっと……」
「いや、加地はもっと酷いと思うが」
 2人のやり取りに、テンションに軽くブレーキがかかり始めた約3名。
 だが、そんなことも気にせず衛藤と香穂子の会話は続く。
「うー…」
「何唸ってんの?そんなにじっと見つめても、あんたの大好きな俺の顔は変わらないよ?」
「………」
「…だからさ、冗談なんだから黙らないでって言ってるじゃん。ついでに、全肯定する勢いで照れて俯くのやめて」
 言った俺の方が恥ずかしい。
「はぁ…もういい。とにかく行こう、香穂子。アツシたちも途中で合流したいとか言ってたし」
「え?そうなの?」
「昨日、あいつらに今日はあんたとデートだって言ったらそう騒いでたから、来るんじゃないか?邪魔だって言っても聞かないしさ…」
 若干のいら立ちを含めつつ、衛藤が溜息をつく。
 せっかく久しぶりの2人っきりなのに…と愚痴ったのは気のせいだろうか。



「………2人っきりで出掛けたかったけど仕方ないよね…」



 小さな小さな呟き。
 だが、聴き逃せるわけがなかった。
「…………」
「え、どうしたの!?」
 いきなり香穂子の腕を引いて、2年生たちには見向きもせずにエントランスを出て行こうとする。
「気が変わった。もう3カ月以上付き合ってるのに、ほとんどあいつらに邪魔されてる方がおかしいってずっと思ってた。今日は山手行こう山手」
「ええっ、いきなり!?どうして!?」
 嵐のように去って行った衛藤と香穂子。取り残された2年生。


「マジだったのか付き合ってるって」
「……相手衛藤君だよね?年下だよね?っていうか、この春ようやく1年に上がるんだよね?」
「そんな話ではないだろう。付き合い始めて3カ月と聞いたのは俺だけではないと思うんだが」
 月森の指摘に、だからなんだと考え込んだ二人が同時に答えにたどり着いた。
「おい、あのパーティーはつい2か月前くらいなんだが」
「彼女相手にあの暴言言い放ったってこと?」
「……日野…」



 その後、それぞれの出した結論は、―――何かの冗談だって言ってくれ。


 香穂子の選んだ相手が年下だったことが衝撃だったのか、口の悪さに驚いたのか、ともかくあの衛藤だったことがいけなかったのか。
 どれか一つに絞り込めないほどの理由で、今が夢か冗談であってくれることを願わずにいられなかった。




 こんな2年生組嫌だシリーズとかに分類されそうなほど
 2年生組に余裕がなさ過ぎて、読み返しながら嫌気差してた(笑)
 ただ衛日にドン引きする2年生組が見たかっただけなんだ。
 言っておきますが、私の最萌えは金日と衛日ですから!
掲載: 09/08/24