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甘えるって、宣言しておかないと
甘えられない
「衛藤って誰とも付き合ってないの?」
「いきなりなんの話?」



 クラスメイトの唐突な話題に思わず眉を顰めた。
 ついでに、今のすっげえムカつく質問だったんだけどと言わんばかりに、手元の弁当にグサッと箸を突き立てる。



「……そんなに怒らなくても」
 なあ、と隣の友人に同意を求めている。
 求められた友人の方は曖昧に笑うだけだ。
「フツー、そういう話題いきなり投げられるのって不愉快だろ」
「悪かったって。でも、衛藤って実際大人っぽいって女子からも人気あるじゃん。なのにそう言う話でないからなんだろーと思って」
「そんな下世話な話して楽しい?女子がやるもんだろ、そんな話はさ。それよりさっさと食った方がいいんじゃないの」
 下らない話題を打ち切りたくて、必要以上に冷たい口調で突き放す。
 相手もそれもそうだと思ったのか、おうと応じて残りの弁当を食べ始めた。
 それにしても、


―――付き合ってるやつ、か…。






「今日も遅いんだけど、何か俺に恨みでもある?」
「ご、ごめん…」
 放課後。
 今日は絶対練習抜きでデートしよう。
 そう決めての駅前待ち合わせだった。
 でも、案の定と言うか何と言うか。
 やっぱり香穂子は遅刻だ。たまには遅刻なしで出てこようとは思わないのか。
「帰り際、ちょっと色々あって…」
「色々?」
「あー…うん、衛藤くんが気にすることじゃないから!うん!」
 無理やり笑ってるの分かりすぎ。
 これで気づかれないと思ってるのかよ?
「……いいけど。で?今日はどうしたい?行きたいとこある?」
「うーん、あんまり考えてなくて。衛藤くんが行きたいとこあればそこがいいなーって思ってたから」
「二人して同じこと考えてたら決まんないって」
 そう言うと可笑しそうに香穂子が笑う。
「衛藤くんって、本当にデートの時と普段がギャップあるよね」
「ギャップ?」
「うん、ヴァイオリンの練習の時なんて細かく一つ一つに容赦なく突っ込んでくるのに、デートになると私の意見優先してくれてる気がする」
 そう言って軽く手を握られる。
「大事にされてるなーって思えて嬉しいよ」
「…べつに、普通じゃん?って言うか改めて言われると照れるから」
「そうかなー」
「そうだよ。ほら、そんなのどうでもいいから、行こう」
 軽く握ってきた手を握り返して、何の気なしに海の方に足を向けた。



 まだ6時とは言え、辺りは暗くて赤レンガ倉庫やビルやホテルの照明は、これでもかと光り輝いている。
「へえ、結構遠くまで見えるのな」
 海辺の遊園地にある観覧車から見る海は、船や橋の明かりでいっそ眩しいくらいだった。
「衛藤くんは初めて?」
「小さい頃、乗った覚えはあるけど昼間だった気がする。香穂子は?」
 ガラスに張り付くようにして海やらビル群やらを眺める香穂子は本当に楽しそうで、これで年上だなんて信じられないくらいだ。
 でも、今日会ったばかりの時よりは元気そうでほっとする。
「昼間は何度か乗ったけど、夜は2回目かな」
「そうなんだ」
 それでよくそんなにはしゃげるな…。
 詰まらなそうにされるよりは断然いいけど、子供っぽいなと少し呆れる。
 もちろん、そんな子供っぽいところも含めて香穂子のいいところだし、好きなところだけど。
「親と来たの?」
「前に来た時は王崎先輩が連れてきてくれたよ」
「信武さん?」
 こんなところで聞く名前だと思ってなくて、思わず聞き返してしまう。
「うん。ほら、コンクールが春にあったって言ってたでしょ?その時、あんまり私の名前が学院で出なかったから心配してくれて」
「それで一緒に観覧車乗って帰ったの?」
「うん。励ましてもらったな〜あの時は」
 あのほわほわとした人の良さそうな笑顔を思い出す。
 香穂子のこと好きとかそう言うんじゃないと思うけど、高が後輩を心配しただけでこんなとこまで連れてきて励ますか?
 コンクール終わった後も、この前のコンサート中も連絡は頻繁に取り合ってたらしいし。
「……でも、励ましてもらった時は頑張ろうって気になっても、時間が経って色んなことがあるとやっぱり凹む時もあるよねぇ」
 呟くような、聞こえるかどうか分からないくらい小さな声が耳に届いた。
 ガラス張りのボックスに片手だけつけて外を眺めてる。
 さっきまでと変わらないはずの仕草なのに、表情だけが泣きそうなほど頼りなさげだった。
「あのさ。俺、できることないかも知んないけど、香穂子の傍にはずっといるし、話聞くこともできるし、もしかしたら何か言ってやれるかもしれないとかは思ってくれない?」
 いつ見ても笑っていた印象しかない香穂子がこんな風に弱気になるのは初めて見た。
「言ってくれないと、何もできなくて俺も辛い。それとも俺は何も言えないくらい頼りない?」
「そう言うことじゃなくて…っ」
 それだけは違う、そう言う意味じゃない、と大きく頭を振る。
「…今何か言ったら、甘えになっちゃう気がする」
 意地を張ったような言葉。意地を張ったような表情。
 『子供っぽい』って印象が抜けない香穂子が少しだけ大人っぽく見える横顔だった。
「甘えられたら嬉しいと思うよ」
 香穂子が驚いたように、きょとんとした顔をようやくこっちに向けた。
 泣いてるわけじゃないのにひどく頼りなかった。
 今抱きしめたら抱きしめ返してくれて、それで気が済むまで泣くんだろうなと分かるくらい、本当に頼りなかった。
「香穂子は今みたいに『これからもしかしたら甘えるかもしれない』って予防線張ってからじゃないと何も言えないかもしれないけど、そんな宣言いらない」
「?」
「俺はそんな宣言しないと何も言えないような立場にいるつもりないからな」






「なぁ、この前さ、俺が付き合ってる奴いるのかって聞いてきただろ?」
「あ〜…あれは悪かったって。もういいだろ謝ったんだから」
「責めようってわけじゃなくて。答え。いるよ、付き合ってるやつ」
「あー分かった分かったいるのかよ………って、誰だよ!?」
 肩を揺さぶらんばかりに食いついてくる友人に、
「子供っぽくて無駄に前向きで、甘えるの慣れてないのに上手いやつ」
「だから誰だよ!」
 今度こそ本当に肩をつかまれる。
「さあ?」
「そんな面白そうなネタだけ投げていくなっつうんだよ!」
「…仕方ないな。じゃあヒント、」







「―――高校生」



「はあっ!?」
 面白いように動揺する友人の言葉に満足してさっさと手を振る。
「それだけだから。じゃあな」




―――付き合ってるのは、年上で、子供っぽくて、ヴァイオリン大好きで、目が離せないほど俺にとっては可愛くて、ずっとそばで支えてやりたいって思えるやつ、かな。




やりたかったのは衛藤に『彼氏』だって宣言させることだけです。
香穂子が落ち込んでたのはアンコールでのバッシングに
近いものがあったからだと脳内補完していただけると嬉しいです。
そこまで書くと、さらに冗長に…orz
◇ Keep Sweet 〜恋愛的台詞な御題〜
掲載: 09/03/10