『華がない』
そう断言して、ばっさりと切って捨ててやった時のかなでの表情はいまでも忘れられない。
今さら後悔しても遅いが、後悔せずにはいられない。
「・・・こうやってイルミネーションを男同士で見上げるってどうなんやろね」
「あ?」
クリスマス。
神戸の街は、煌びやかなイルミネーションで至る所がきらきらと光り輝いている。
特大のクリスマスツリーも、これでもかと存在感を示していた。
そして、当然そんな場所の近くは恋人たちで溢れ返っているわけで、性別について何か言うことはしたくないが、世間一般の認識において、男同士が並んで見上げるものではないだろうとは、思う。
「かなでちゃんに会いに、横浜だろうが、外国だろうが行けばええのに」
「行けるなら行ってるよ!・・・仕方ないじゃねえか」
「ん?」
俺だって、土岐と並んでこんなものを見上げたいわけじゃない。
横浜にだって行こうとした。
あのいけ好かない如月律に会う可能性があろうが知ったことではなく、会いに行くつもりだった。
「・・・・・・断られたんだ」
「へえ?振られた?これは・・・」
面白くなってきたと言わんばかりに、にっこり微笑む土岐に、思わず手が出る。
・・・・・・・・・笑顔を崩さずに避けるから嫌いなんだこいつは。
「振った振られたなんて話じゃねえよ。ただ、かなでは星奏と天音との合同クリスマスコンサートに出るから会えないっつーだけの話だ」
「見に行けばええだけの話やのに?」
そりゃそうだ。コンサートっていうなら見に行けるに決まってる。
「・・・・・・前、一緒に神戸のイルミネーション見るかって話をしたんだよ」
「?やっぱり振られた?」
一瞬、何の話かいぶかしんだようだったが、すぐに面白いと言わんばかりに目を輝かせる。それでも親友か、お前は。
「違えよ、うぜぇな!それがコンサートで見に行けなくなっただろ?でも、どうしても見たいつって、あとで電話するからイルミネーション見てきてくれって」
「それ、暗に会いたくないって言われ・・・」
「どうしてお前は俺たちが上手くいってないことにしたがるんだ!?」
そう声を荒げると、飄々とした様子でツリーを仰ぎ見上げ、とんでもないことを言い出す。
「かなでちゃんのことは俺だって気に入ってたし?」
「はあ?」
「かなでちゃんも似たように思ってくれてたと思うけど」
さらっと言われた言葉に、夏のことを思い出す。・・・・・・そうだったか?そうだった・・・気が・・・いやいや、
「かなでは俺のことしか見てねえし、俺以外は頭にない!」
「―――・・・・・・男は悲しい生き物だ、ってことを実感するわ」
「おいっ、俺が可哀想になるからやめろ!」
土岐は「はいはい」と肩を竦め、何かを思い出したように唐突に携帯を取り出した。
「?」
「せっかく見に来たんやし、撮っとかな損かなーと」
そう言ってさっそく撮り始めている。
―――俺も、後で送るのに撮って・・・・・・。
そう思って、携帯の入っているバッグに手をかけた時だった。
かなで専用の着メロが微かに聞こえた。
「・・・へえ、かなでちゃん専用?」
「う・る・せ・え」
にやにや笑っている土岐を一睨みして、すぐに出る。
「かなでか!?」
『え、うん、こんばんは』
3日前にも電話はしたけれど、鈴を転がしたように可愛らしく響くかなでの声はいつ聴いても、心地いい。
「今日、コンサートだったんだろ?お疲れ」
『はい。成功しましたよちゃんと。・・・・・・冥加さんが怖かったですけど』
「あー・・・あいつな、あいつの存在は無視しろっつっても無理だよな」
あれは驚異的な存在感だった――と、今夏を振り返っても深刻に思う。あれは無視できない。直視もできないが。
「でも、まぁ成功したんならよかったじゃねえか。どこから掛けてんだ?会場?」
『山下公園の通りです。えっと、分かるかな・・・氷川丸が停泊してる公園で・・・』
「さすがに分かる。中華街の近くだろ?」
『そうそう!今、赤レンガ倉庫のレストランで打ち上げしようってことになって、みんなで歩いてるんです』
そんな中で掛けてきていいんだろうか。
「歩きながら掛けるって、如月の弟がうるさく言わないのか?」
『うーん、何か言いたそうにしてますけど、別に言わないですね。それより、早く報告したかったし』
「俺も早くどうだったのか聞きたかった。一番は直接演奏を聴けることだったんだけどな」
『わがまま言ってごめんなさい・・・』
少ししゅんとした声で謝られる。
そんな風に思わせたくて言ったわけじゃないのに。でも、かなでだったらそういう意味にとってもおかしくないか。
「悪い、言い方間違えた。・・・で、コンサートはどうだった?」
『はいっ、最初は・・・・・・』
曲目は何で、それを弾いていた時どう思ったかとか。
オケ部全体演奏ではなく、今回はアンサンブル形式にいくつかの組み合わせで演奏したとか。
観客がどのくらいいて、最後にはブラヴォーの嵐で終えることが出来たとか。
うっとりとしながら語っているのがよく分かる。
音楽をやりたくて星奏に転校までしたかなでのことだ。「みんなで創る音楽」が楽しくて仕方ないのが電話越しでも伝わってくる。
―――華がないなんて、俺は何を聴いていたんだろう?
さすがにそう思うのは行きすぎか。
最初に聴いたときは、本当に「上手いけどそれだけ」だった。あの程度の演奏なら、練習さえ積めば誰でもできる。
でも、競う中で確実にかなでは実力をつけて、「華」のある演奏を身に付けた。
音楽が分かる奴なら、きっとかなでの演奏に振り向くって確信できるくらいには。
今なら、分かる。
楽譜を見たら、それだけでかなでがどう弾くか、想像できる。
そして、想像以上に感情豊かに演奏してくれるってことまで。
『・・・って、私一人で喋ってて・・・』
はっと気づいたように、かなでが話すのをやめる。
いいのに。もっと聞いていたいのに。
「気にすんな。―――そうだ、そっちの夜景、綺麗なんだろ?なんつったかな、遊園地も近くにあるよな」
『ありますね。大きな観覧車もあるし』
それに毎年、この時期はスケートリンクも出てるんですよと、軽やかな声がする。
『・・・来年はぜーったい、東金さんと過ごしたいなぁ』
「来年もコンサート入ったら?」
『そうしたら・・・』
少し言い淀んだのが分かった。
コンサートと俺、どっちを取るのか迷ってるのがよく分かる。
他の男と比べられるのはムカつくけど、音楽だったらいいのに。
かなでの一番大切なものは音楽――ヴァイオリン――だなんてことは分かってるんだから、悩まなくていいんだ。
『そうしたら、今度は神南との合同コンサート提案しますから大丈夫です』
「え、合同?」
『そうしたら、神戸行けます。東金さんも見に来られるでしょう?OBの参加もOKってことにしたら一緒に弾けます』
電話の向こうで、来年は水嶋くんが部長だから頼んでみます!とはしゃぐ声がする。
『・・・東金さん?聞こえてます?』
「あ、ああ、聞こえてる」
『どうかしましたか?変なこと言いました?』
「俺のこと考えててくれたんだーって、柄にもなく・・・ちょっとびっくりしてた」
俺よりも音楽。
俺よりもヴァイオリン。
俺よりも星奏。
俺よりもオケ部。
それは仕方ないことだと思ってた。分かってたし、納得してるつもりだった。
俺自身、かなでと音楽を比べろと言われたら、さすがに迷う。
俺でさえそうなんだから、かなではなおさらだろう。真面目だし、オケ部にも慣れてきて一番今が楽しい時期だろうし。
それでも、夏以来交流のほとんどない神南と合同コンサートを開こうなんて無茶を言い出すくらいには、考えてくれているらしい。
そう思って半ば感慨に耽っていると、耳元であのやわらかで可愛らしい控え目な笑い声がしてきた。
『――――いつだって、会いたいし声も聞きたいって思ってます―――』
はっきりと聞こえたかなでの声。
馬鹿みたいに、かなでの言葉が頭の中で繰り返される。
くそっ。
―――呆れるほど鮮やかに、かなでの笑顔が浮かぶんだ。
- END -
■ お ま け ■
『あ、そうだ。神戸、冬休みになったら絶対行きますから』
「そうだな、待って―――――なんて言いましたか、かなでさん?」
「東金?」
いきなり敬語になった俺に、土岐が不審げな視線を向けてくる。
だが、そんなものに気を散らしてる場合じゃない。
さっきまでの可愛い台詞を繰り返してる場合でもない。
『だめですか?』
「だめじゃないけどって・・・はあ?いきなり、え?」
『クリスマスは潰れてしまったので、年越しは神戸がいいかなーって』
「そりゃ俺はかんげ・・・」
歓迎するけど、と言いかけたその時。
耳元で大音声が響いた。
『かなで!?神戸に行くだと?しかも年越し?久しぶりに家に戻るって言っていたのはどうしたんだ!?』
・・・・・・声だけで分かる。
このうるさくて、鬱陶しい声は間違いなく如月律だ。
『兄貴うるせえ。でも、兄貴の言ったとおりだ。一緒に戻るつもりでこっちは用意して・・・』
『そのことは食事の席で話そうかなって・・・』
『君の両親も心配する。東金には俺から言っておくから、俺たちと一緒に家に帰るんだ』
「ふっざけんなてめ、如月!」
電話越しで聞こえるのかどうかなんて気にせず叫ぶ。
隣で土岐が耳をふさぎ、周りにいた通行人は一斉に振り返り迷惑そうな視線を向けてきた。
だが、そんなもの知ったことではない。
こっちが最優先に決まってる。
『・・・東金。そんなに叫ばなくても聞こえる。かなでは俺たちと・・・』
「かなでがこっちに来たいつってるんだから、大人しくこっちに寄こせばいいんだよ!」
『この子のことを待ちわびてる両親がいるんだ』
「この子とか言うな、離れてる俺が寂しくなる!年が明けたら、実家だろうがなんだろうが俺が送っていくから黙って送りだせつってんだ!」
こうして、クリスマスの攻防戦は延々続くことになってしまった。